用行組事件

用行組事件とは

用行組事件は、江戸時代中期に長崎で発生した不正事件です。この事件は、長崎奉行の松浦信正が主導した長崎貿易改革と、その中で抜擢された地役人たちの不正行為が発覚したことに端を発しています。事件は、単なる不正事件にとどまらず、当時の長崎の行政と貿易の構造的な問題点を浮き彫りにしました。

事件の背景

1748年、松浦信正は勘定奉行の職務に加え、長崎奉行を兼任することになりました。長崎に赴任した松浦は、長崎の支配体制を改革するため、地役人の中から有能な人材を抜擢し、彼らを「用行組」と名付けました。用行組は、長崎会所を実質的に運営し、貿易業務や行政事務を担いました。

当時の長崎は、長崎奉行が行政全般を監督し、町年寄が町方、蘭方、唐方、長崎会所の運営を担うという二重構造でした。松浦は、この体制を改め、長崎会所をより強化し、勘定所が直接貿易管理を行う「二重支配」体制を構築しようとしました。

用行組のメンバーは、会所元方会所目付の村山庄左衛門、吟味役見習の森弥次郎、出島乙名の島谷又次郎、入札商人の伯井長兵衛などがいました。彼らは、松浦の指示のもと、貿易業務や行政事務を独断で進めるようになり、次第に長崎奉行や町年寄との間に軋轢が生じました。

事件の発覚

用行組の不正が発覚するきっかけとなったのは、為替商人の松田金兵衛による上納銀の滞納問題でした。金兵衛は、豊後米の代金を江戸に送る業務を請け負っていましたが、上納銀を他の商売に転用し、損失を出してしまいました。その結果、多額の滞納が生じました。この事件の捜査を通じて、用行組の不正行為が次々と明るみに出ました。

用行組の不正

用行組は、松浦信正の権力を背景に、本来長崎奉行や町年寄が行うべき業務を独断で進めていました。彼らは、勘定所や松浦に癒着し、貿易や行政に関わる様々な不正行為を行っていました。

具体的には、

上納銀の滞納を黙認し、帳簿を改ざんした
商売銀を不正に受け取っていた
オランダ貿易に関して不正な処理を行っていた
地下役人の申請を独断で裁量し、反対する者を弾圧した
町年寄の権限を侵害し、自分たちの利益を優先した
唐人との間で、通訳を介さず直接交渉を行い、利益を得ていた
入札荷物代銀を納めず、荷物を密かに売り払った

これらの不正行為は、長崎の行政と貿易を混乱させ、町民にも大きな不利益をもたらしました。

松浦信正の失脚と処罰

用行組の不正が発覚したことで、松浦信正も責任を問われることになりました。松浦は、上納銀の滞納を看過し、不正な報告をしたとして、1753年に長崎奉行を罷免され、閉門処分となりました。しかし、その半年後には許されています。

用行組の処罰

用行組のメンバーは、それぞれ罪状に応じて厳しい処分を受けました。村山庄左衛門、森弥次郎、伯井長兵衛は流罪、島谷又次郎は重追放となりました。

事件の影響

用行組事件は、長崎の行政と貿易に大きな影響を与えました。事件後、幕府は長崎の抜け荷（密貿易）を禁止する高札を立て、役人の不正を監視するための目安箱を設置しました。また、長崎の町年寄は、事件によって侵害された権限を回復するために、自分たちの正当性を再確認する由緒書を作成しました。

この事件は、長崎の行政が抱える構造的な問題点を明らかにし、その後の長崎支配に大きな教訓を残しました。

参考資料

木村直樹著 『長崎奉行の歴史 苦悩する官僚エリート』 角川選書
鈴木康子著 『長崎奉行の研究』 思文閣出版
外山幹夫著 『長崎奉行 江戸幕府の耳と目』 中央公論社
本田貞勝著 『長崎奉行物語 サムライ官僚群像を捜す旅』 雄山閣
『新訂 寛政重修諸家譜』第八 株式会社続群書類従完成会

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