田中頼三

田中頼三：駆逐艦乗りからルンガ沖夜戦の英雄へ

田中頼三（たなからいぞう）は、1892年（明治25年）に山口県で生まれ、1969年（昭和44年）に没した大日本帝国海軍の軍人です。海軍兵学校41期を卒業後、駆逐艦乗りとしてキャリアを重ね、最終階級は海軍中将にまで昇進しました。

生い立ちと初期のキャリア

山口県山口市嘉川で本間家の三男として生まれた田中は、旧制山口中学校を卒業後、海軍兵学校へ進みました。1913年（大正2年）に海軍兵学校を卒業し、水雷屋としてその才能を開花させます。第一次世界大戦では、第二特務艦隊に所属し、地中海で連合国艦船の護衛任務に従事しました。1920年（大正9年）には山口県の田中家へ入籍し、姓を田中と改めました。

太平洋戦争での活躍と苦悩

太平洋戦争直前の1941年（昭和16年）9月、田中は第二水雷戦隊司令官に就任します。開戦劈頭の南方作戦や蘭印作戦に従事し、1942年（昭和17年）2月にはスラバヤ沖海戦を戦いました。しかし、この海戦での遠距離魚雷戦について、敢闘精神に欠けるとの批判を受けました。

ガダルカナル島の戦いでは、引き続き第二水雷戦隊司令官として増援部隊の指揮を執りました。しかし、第八艦隊司令部との輸送作戦方針の意見の相違から、外南洋部隊増援部隊指揮官の任務を解任されることになります。その後、金剛型戦艦や妙高型重巡洋艦を護衛してヘンダーソン基地への艦砲射撃に参加しました。

増援部隊指揮官に復帰後、第三次ソロモン海戦でも輸送作戦を指揮しましたが、ここでも揚陸方針を巡り、外南洋部隊指揮官の三川軍一中将と意見が対立します。しかし、連合艦隊や第二艦隊は田中の意見を妥当としました。

1942年（昭和17年）11月30日、田中はドラム缶輸送作戦中にルンガ沖夜戦に遭遇しました。不利な状況下での水雷戦にもかかわらず、米重巡洋艦1隻を撃沈、3隻を大破させるという大戦果を上げました。しかし、補給作戦の失敗を咎められ、部下からは指揮官先頭でなかったこと、戦闘における積極性のなさを批判されることになりました。

左遷とその後

1942年（昭和17年）12月29日、田中は第二水雷戦隊司令官を解任され、舞鶴警備隊司令官や第13根拠地隊司令官（ビルマ）などの閑職に転じ、事実上の左遷人事とされています。1947年（昭和22年）には公職追放仮指定を受けました。

戦歴詳細

田中の主な戦歴は以下の通りです。

フィリピン攻略戦の支援
蘭印攻略戦の支援
スラバヤ沖海戦
ミッドウェー海戦（輸送船団護衛）
第二次ソロモン海戦（陸軍輸送船団護衛）
ヘンダーソン基地艦砲射撃（飛行場砲撃隊の護衛）
南太平洋海戦（前進部隊所属）
第三次ソロモン海戦（輸送船団護衛）
ソロモン方面の上陸＆補給作戦（鼠輸送）
一木支隊の上陸作戦
第一次輸送作戦（ルンガ沖夜戦）
第二次輸送作戦
第三次輸送作戦（部下に指揮を委任）
第四次輸送作戦

スラバヤ沖海戦以外は、米軍航空機や魚雷艇の脅威に晒される護衛・輸送任務の連続でした。

特に第二次ソロモン海戦では、上部組織の矛盾する命令に翻弄され、旗艦である軽巡洋艦「神通」が中破し、輸送船や駆逐艦を失うなどの損害を受けました。また、ガダルカナル島への増援を巡り、陸軍との対立や、自身の消極的な態度が批判の対象となりました。

ルンガ沖夜戦では、奇抜なドラム缶輸送作戦中に米重巡洋艦部隊と遭遇し、大勝利を収めました。しかし、この勝利も補給作戦の失敗として上層部から評価されず、部下からも批判される要因となりました。

田中頼三への評価

当時の帝国海軍関係者からは、「第二水雷戦隊司令部は弱い」と批判されることもありました。しかし、部下からは「戦闘の駆け引きがうまく、海の武田信玄のようだ」と評されることもありました。

高松宮宣仁親王は、田中の作戦行動について「駄目だ」と評し、困難な状況でも断行力が必要だと述べています。

一方、奥宮正武は、ルンガ沖夜戦の戦果は、田中が退避した後の第1輸送隊の活躍によるものだと指摘し、アメリカ側が田中を高く評価するのは、単に指揮官であったからではないか、と疑問を呈しました。

黛治夫は、部下からの評判が悪かったことを指摘し、「部下から勇敢だと思われるぐらいの指揮官じゃないといかん」と評しました。

しかし、アメリカ海軍関係者からは、ルンガ沖夜戦の指揮官として非常に高く評価されており、戦史家のサミュエル・エリオット・モリソンは「不屈の猛将」と評し、ハンソン・ボールドウィンは「太平洋戦争で日本の名将を2人挙げるとするなら、陸の牛島・海の田中」と述べました。このアメリカ側からの高い評価を受け、戦後の日本では田中が再評価されるようになりました。

人物像

田中は、酒好きで、酔うと歌いながら踊る癖があったようですが、部下には親しまれていたと言われています。ルンガ沖夜戦については「僕は何もしていなかった」と謙遜し、部下たちの活躍を称えました。また、敵艦からの砲撃を受けている最中でも、冷静に批評していたという逸話も残っています。

戦後は、息子に先立たれ、娘たちが嫁いだ後は、のんびりと生活を送っていました。ルンガ沖夜戦の取材には、記憶が薄れているとしながらも、熱心に海戦の様子を語りました。また、ルンガ沖夜戦で対決した米軍指揮官のライト少将を気遣う発言も残しています。

遺族によれば、田中は、任地から引き揚げてくる際に、ゴルフ・クラブ一本だけを担いで帰国したそうです。

水木しげるは、田中とルンガ沖夜戦を題材にした漫画を二編描いています。一つは実際の作戦を克明に描写した『田中頼三』で、もう一つは田中をモデルにしたと思われる宮本艦長を主役としたフィクション作品『幽霊艦長』です。

まとめ

田中頼三は、その卓越した水雷戦の腕前と、ルンガ沖夜戦での大勝利によって、歴史に名を刻んだ海軍軍人です。しかし、その指揮をめぐっては、上層部や部下、そして敵国からの評価が大きく異なりました。戦後、アメリカからの高い評価を受けて再評価が進みましたが、その人物像は今もなお議論の対象となっています。

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