鼠輸送

鼠輸送とは

鼠輸送（ねずみゆそう）とは、太平洋戦争中に大日本帝国海軍が行った駆逐艦による輸送作戦の、当時の軍内部での俗称です。アメリカ軍に制空権を奪われた後、ガダルカナル島への増援部隊輸送や物資補給が低速の輸送船で行えなくなったため、高速の駆逐艦を利用せざるを得なくなった状況下で、前線部隊が自嘲的に名付けたものです。

概要

1942年8月7日の連合国軍によるガダルカナル島奇襲上陸を受け、日本海軍は陸軍に協力を要請し、陸軍の一木支隊と海軍陸戦隊を派遣しました。早期反撃のため、一木支隊の第一梯団と一部の陸戦隊は駆逐艦で高速輸送されることになりました。まず、陸戦隊の一部が駆逐艦「追風」でガダルカナル島に上陸。次いで、一木支隊の第一梯団も駆逐艦で輸送され、8月18日夜にガダルカナル島タイボ岬への上陸を完了しました。これが鼠輸送の始まりとなりました。

連合艦隊司令部は当初、駆逐艦を艦隊決戦における重要な戦力と位置づけており、駆逐艦による輸送は一時的な措置と考えていました。しかし、一木支隊第二梯団の輸送船団が撃沈され、川口支隊の船団輸送も中止せざるを得なくなりました。一方、同時期に行われた駆逐艦による小規模な補給や地上砲撃は成功を収めていたため、ガダルカナル島への確実な兵力輸送手段として、夜間に高速移動が可能な駆逐艦輸送が重視されるようになりました。

8月25日には海軍が川口支隊の駆逐艦輸送を提案し、以降、鼠輸送が本格的に行われることになりました。

鼠輸送部隊の編成

鼠輸送部隊は、輸送を担当する駆逐艦と護衛を担当する駆逐艦で構成されました。輸送担当の駆逐艦は、物資搭載のために魚雷などの武装を降ろしていました。輸送部隊の規模は、輸送担当2隻と護衛担当1隻といった小規模なものから、軽巡洋艦を旗艦とした水雷戦隊全体の約10隻といった大規模なものまでありました。

命名の由来

当初、この輸送作戦は「艦艇輸送」や「駆逐艦逐次輸送」と呼ばれていましたが、現地の第八艦隊には輸送任務は駆逐艦の本来任務ではないという考え方が根強くありました。そのため、夜になると頻繁に動き出す様子が「鼠に似ている」ということで、鼠輸送と呼ばれるようになりました。また、駆逐艦乗務員は「マル通」と呼んでいました。

揶揄的な意味合いからか、キスカ島撤退作戦のように駆逐艦によって行われた作戦は鼠輸送とは呼ばれません。なお、大発動艇などの小型舟艇を利用した輸送作戦は「蟻輸送」、潜水艦を利用した輸送作戦は「土竜輸送」と呼ばれていました。

輸送効率

駆逐艦は本来輸送任務を想定していないため、輸送効率は非常に低いものでした。貨物船を徴用した輸送船の場合、輸送能力は船舶1トン当たり概ね1トン程度で、一隻で数千トンを輸送できましたが、駆逐艦の場合、大型の陽炎型でも排水量約2500トンに対し、輸送量は15トンから20トン程度、完全武装の陸兵ならば150名程度が限界でした。

また、輸送船は大型クレーンを備えており戦車や重火器の輸送も可能でしたが、駆逐艦では大砲を少数積むのが精一杯でした。大発のような本格的な上陸用舟艇も積めないため、折畳舟と呼ばれる小型の上陸用舟艇に物資や兵員を移して、駆逐艦の内火艇で曳航する方式が取られました。物資をドラム缶に入れて海に投棄し、現地部隊が回収する方法も取られましたが、回収に失敗することも多くありました。

さらに、月明期には駆逐艦が発見されやすくなるため輸送作戦が実施できず、兵站計画において大きな欠点となりました。

結果と影響

ガダルカナル島の戦いでは、船団輸送は2度しか行われず、それ以外は鼠輸送によって行われました。延べ350隻以上の駆逐艦が投入され、輸送された人員は2万人以上にのぼります。最大の作戦は、ガダルカナル島からの撤退作戦であるケ号作戦でした。

しかし、鼠輸送は往路と復路がどうしても日中となり、連合軍機に発見されるたびに被害を出しました。その結果、連合艦隊はガダルカナル島作戦期間中に駆逐艦14隻を失い、63隻が損傷しました。缶室や機械室に浸水すると行動不能となる艦隊型駆逐艦の弱点も、損害を大きくした要因の一つです。

多大な損害を出したものの、他に手段がない日本軍にとって鼠輸送は常套戦術とならざるを得ず、ソロモン諸島やニューギニア方面など、制空権を失った前線拠点への部隊輸送に使用が続けられました。潜水艦など、駆逐艦以外の戦闘艦艇も輸送任務に投入されるようになりました。

戦訓から、後に建造された松型駆逐艦では、上陸用舟艇である小発の搭載が標準化され、生存性向上のため機関配置が変更されました。また、1943年には輸送効率問題を解決するため、鼠輸送専用艦である輸送艦も計画されました。

鼠輸送と戦闘

鼠輸送を行う日本駆逐艦部隊と、これを阻止しようとする連合軍水上部隊との間で、数々の海戦が発生しました。夜間活動を行う鼠輸送の特性上、夜戦が多く発生しました。ルンガ沖夜戦のように日本駆逐艦部隊が活躍した一方で、戦略目標である輸送任務に失敗するケースも見られました。連合軍のレーダー運用能力が向上すると、鼠輸送部隊は苦戦を強いられるようになりました。

主な海戦としては、以下のものがあります。

ルンガ沖夜戦: 米重巡4隻を撃沈破するも、輸送任務は中止。
ビラ・スタンモーア夜戦: 日本駆逐艦2隻が、レーダー射撃により一方的に全滅。
クラ湾夜戦: 日本側旗艦が撃沈されながらも、輸送任務は成功。

その他のソロモン海域での海戦については、ソロモン諸島の戦いを参照してください。

脚注

関連項目

三式潜航輸送艇
高速輸送艦

外部リンク

鼠”輸送を命じられた精鋭部隊～駆逐艦・第二水雷戦隊～ - NHK戦争証言アーカイブス

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