甲乱記

『甲乱記』は、戦国時代の終焉を飾る武田氏の滅亡を描いた歴史書であり、その成立年代や著者については諸説あり、未だ特定には至っていません。一般的に天正10年（1582年）の出来事を記述した軍記物語とされています。全一巻で、武田勝頼に対する木曾義昌の謀反から始まり、恵林寺の焼失、織田信長の甲斐侵攻までが詳細に記録されています。

成立年代と著者について

成立年代については、確たる証拠は見つかっていません。しかし、写本の一つである『甲乱之記』には、天正10年8月に小田原で執筆されたとする記述があったとされますが、現在その写本は所在不明であり、検証ができていません。一方、版本では江戸時代の正保3年（1646年）に刊行されたと記されており、この年が成立の下限とされています。

著者についても不明な点が多く、版本の末尾に武田家臣春日虎綱（高坂昌信）の甥である春日惣次郎による評語が記されていることから、惣次郎が著者とする説もあります。『国書総目録』でも春日惣次郎が著者とされています。春日惣次郎は、『甲陽軍鑑』を書き継いだ人物とされていますが、写本に記される天正10年8月の小田原執筆という記述と矛盾が生じており、研究者からは疑問視する声も上がっています。一説には、正保版本の刊行時に、知名度を高めるために春日惣次郎の名前が利用されたという指摘もあります。

写本と版本

『甲乱記』には、版本と写本の2種類の系統が存在します。版本を底本としたものには、『続群書類従』や『甲斐志料集成』、『武田史料集』などが挙げられます。一方、写本は版本とは異なる内容を持っており、特に色川三中旧蔵本（色川本）は、古態を保った最善本として評価されています。この色川本は静嘉堂文庫に所蔵されており、版本と比較して記述が簡素である点が特徴です。研究者の岩沢愿彦は、版本は物語性を強化し、軍事的評語などを付加した増補本であると指摘しています。また、丸島和洋は、色川本にも和漢の故事が引用されている点を指摘し、読みやすくするために加筆修正が施されていると述べています。

内容の特徴

『甲乱記』の内容は、武田氏滅亡の経緯を詳細に記述しており、武田家臣の実名や通称を正確に記録している点が特徴です。特に、天正10年6月の本能寺の変に関する記述では、勝頼を滅ぼした織田信長が、織田信澄と明智光秀によって討たれたとされています。さらに、信澄と光秀が織田信孝と羽柴秀吉に討たれたという独自の解釈がなされています。この記述は、本能寺の変を子が親の敵を討つ因果応報譚として捉えており、版本ではこの点がさらに強調されています。また、信澄は、信長の息子である信成の子であり、光秀の娘婿であったため、本能寺の変に関与した疑いで誅殺された人物です。しかし、『甲乱記』では信澄が本能寺の変の主体として描かれている点が特筆されます。

記述内容詳細

『甲乱記』には、以下の出来事が記載されています。

木曽義昌の謀反
勝頼の木曽への出陣
小笠原氏、下条氏、下伊那衆の謀反
飯田城と大島城の落城
梅雪斎の謀反と勝頼の諏訪への退却
高遠城の陥落
勝頼の新府中からの逃亡
小山田出羽守の裏切りと勝頼の最期
武田相模守の最期
武田一族と家僕の自害
* 恵林寺の焼失と織田信長の入甲

これらの記述を通して、『甲乱記』は武田氏滅亡の悲劇を多角的に捉え、その歴史的背景を詳細に伝えています。

まとめ

『甲乱記』は、成立年や著者が不明であるものの、武田氏滅亡の状況を詳細に記録した貴重な歴史資料です。写本と版本の存在、独自の記述内容、そして、武田遺臣による記述の可能性など、多くの魅力を持つ書物と言えるでしょう。1000文字以上1400文字程度。

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