甲武鉄道の電車

甲武鉄道の電車

甲武鉄道は、現在のJR中央線の一部を構成していた鉄道会社であり、1904年（明治37年）の飯田町～中野間の電化に際して、独自の電車を製造・導入しました。これらの電車は、1906年（明治39年）の甲武鉄道国有化に伴い、国有鉄道に引き継がれ、日本における国有鉄道初の電車となりました。後の国電（近距離電車）のルーツとも言える存在です。

概要

1904年の電化時に導入された甲武鉄道の電車は、全長約10mの二軸車でした。しかし、ねじ式連結器と総括制御機能を備えており、郊外電車として連結運転が可能で、路面電車とは異なり、複数の車両を連結して運行することができました。

電装品はアメリカのゼネラル・エレクトリック社製、台車は同じくブリル社製の二軸台車21Eを輸入し、自社の飯田町工場で車体を製造しました。この台車の軸距は約3mと短く、そのためピッチング（前後の揺れ）が激しかったと言われています。

電動機は、1904年製がゼネラル・エレクトリック社製の45馬力、1906年以降の増備車はウェスチングハウス社製の50馬力のものが使用され、各車両に2基搭載されました。集電装置はトロリーポール方式で、両運転台車は前後に1対ずつ計4本、片運転台車は後部に1対2本のポールを備えていました。

車体は、前後に開放式のデッキを持つオープンデッキ式で、中央部に運転台が設けられていました。デッキには乗客と運転士の間の仕切りはなく、前面窓は一段張り出した構造で、前面に3枚、側面に1枚ずつの合計5枚の窓がありました。ヘッドライトは前面窓の下に1灯設置されていました。

側面には2個一組の下降窓が6組並び、上部の幕板にはアーチ状の飾り窓が設けられていました。屋根は、客室部分のみがモニタールーフになっていました。

1904年に二等三等合造車3両を含む16両が製造され、電化区間の延伸に伴い、1906年に12両が追加で製造されました。さらに国有化後の1909年には、新宿車庫で4両が製造され、合計32両が揃いました。また、二軸客車を改造した制御車も4両製作されています。

基本形式

1907年の国有化時には28両の電車が引き継がれましたが、当面は甲武鉄道時代の記号番号のまま使用されました。1909年には鉄道院によって追造された車両もその続番が付与されました。1910年（明治43年）に鉄道院が車両形式称号規程を制定したことで、車内設備と運転台の位置によって3つの形式に分けられました。その後、付随車が改造によって製作されました。

ニデ950形

1904年に飯田町工場で製造された、二等三等合造の片運転台型制御電動車です。1909年（明治42年）に二等特定運賃が廃止されたため、二等室を荷物室に変更し、側窓2枚を潰して荷物用の引き戸が設けられました。1910年の形式称号規程制定に伴い、ニデ950形となり、3両がこの形式となりました。

甲武鉄道時代の記号番号は、ろは2, 4, 5で、番号順に950～952となりました。その後、1911年度にデ963形から1両（980）、1912年度に2両（956, 971）が改造編入され（953～955）、954, 955は電装解除されて片運転台式の制御車になりました。

デ960形

1904年に飯田町工場で製造された、ニデ950形と対になる片運転台型の三等制御電動車です。国有化時の記号番号は、は2, 4, 5で、鉄道院の形式称号規程制定時に、デ960形（960～962）となりました。甲武鉄道時代の番号は、ニデ950形となった二等三等合造車と同じですが、後述のデ963形となったものには、14～16が欠番となっています。この番号については、詳しい資料が残っていません。

末期には、960と962が片運転台式の制御電動車、961は電装解除されて制御車として使用されました。

デ963形

計26両が製造された、甲武鉄道の電車を代表する形式です。甲武鉄道の4輪（2軸）電車全体をデ963系と呼称することもあります。甲武鉄道時代には、1904年に10両、1906年に11両が飯田町工場で、1両が新宿車庫で製造され、国有化後の1909年には4両が新宿車庫で製造されました。

外観はニデ950形、デ960形とほぼ同じです。1910年の形式称号規程制定時には、番号順にデ963形（963～988）に改められました。

1912年には3両が半室荷物車に改造され、ニデ950形に編入されました。その後、後継のボギー車の増備に伴って電装品を譲渡し、1914年時点では、14両が両運転台式の制御電動車、残りの9両が片運転台式の制御車となっていました。

デ989形

1911年度に、甲武鉄道から引き継いだ4輪客車を片運転台式の制御車に改造したもので、計4両が新橋工場で製作されました。

甲武鉄道では、電動車2両編成や、電動車の間に制御回路を持つ付随車を挟んだ3両編成で運行されていた記録がありますが、これらの客車についての詳細は不明です。本節のデ989形は、それらの編成とは無関係です。

ホイールベースの延長

甲武鉄道の電動車のホイールベースは10ftでしたが、車体長に比べて短いため、前後の揺れ（ピッチング）や蛇行動（ヨーイング）が激しく、その改善のため、1909年に一部の車両でホイールベースの延長が行われました。台車を分割して鋼材を継ぎ足し、2ft6in延長しました。この改造は、私鉄に譲渡された後にも行われています。

譲渡

これらの4輪電車は、後継のボギー電車（ホデ1形。後のホデ6100形）の増備により余剰となり、1914年度から1915年度にかけて、電装品を新製車に譲り渡し、客車として地方私鉄に譲渡されました。

譲渡先の私鉄と両数は以下の通りです。

信濃鉄道（現在のJR大糸線）：ニデ950形4両、デ960形2両、デ963形10両、計16両
佐久鉄道（現在のJR小海線）：デ963形6両
三河鉄道（現在の名古屋鉄道三河線）：ニデ950形2両、デ963形8両、計10両
南薩鉄道（後の鹿児島交通枕崎線）：デ989形4両

信濃鉄道

信濃鉄道には、1914年と1915年に16両が譲渡されました。これらは三等車（ハ）11両、二等緩急車（ロブ）1両、二等荷物合造緩急車（ロニブ）4両として使用されました。1925年の電化に伴い廃車されましたが、うち2両は筑摩鉄道に譲渡されました。

佐久鉄道

佐久鉄道には、1915年に開業用として元デ963形が6両譲渡されました。二等三等合造車と三等車として使用されました。佐久鉄道は1934年に国有化され、鉄道省小海北線となりました。この時、3両が残り、再び国有鉄道籍となりました。

三河鉄道

三河鉄道には、1914年に廃車された10両が1917年に譲渡され、三等車、二等緩急車として使用されました。三河鉄道の車両も、電化によって電車に置き換えられ、1927年から1929年にかけて全車が廃車されました。

南薩鉄道

南薩鉄道にはデ989形4両が譲渡され、三等車として使用されました。一部の車両は、貨車に改造され、さらに他の鉄道会社へ譲渡されたものもあります。

保存

本系列のうち、信濃鉄道から松本電気鉄道に移ったデ968→ハニフ1は、国鉄電車のルーツとしての価値が認められ、廃車後も同社の新村車庫に保管されました。その後、鉄道博物館での保存展示が決定し、2007年3月にJR東日本へ寄贈され、ハニフ1の状態で展示されています。

デ968の状態への復元も検討されましたが、改造箇所が多く資料も少ないため、断念されました。現在では、車体にプロジェクションマッピングでデ968時代の映像が投影されています。

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