甲賀三郎 (伝説)

甲賀三郎伝説

甲賀三郎（こうがさぶろう）は、長野県諏訪地方の伝説に登場する人物で、その名は諏訪の神の化身、または諏訪大社の祭神である建御名方神と同一視されることもあります。彼の物語は、地底の国での冒険や蛇体への変化など、数々の奇想天外な要素を含み、諏訪地方の独特な信仰や文化を色濃く反映しています。

諏訪の龍蛇信仰

諏訪大社は、建御名方神と八坂刀売神を祀る神社として知られています。古事記などでは、建御名方神は大国主神の次男として描かれていますが、諏訪地方では、彼を蛇や龍とする伝承が数多く存在します。これは、諏訪大社上社の神事に見られる龍蛇信仰の痕跡としても確認されています。

伝説の成立

甲賀三郎伝説は、鎌倉時代に諏訪氏が武士化し、諏訪大社が幕府の庇護を受けるようになった頃に成立したと考えられています。諏訪氏は、自らの権威を高めるために、始祖が諏訪明神に選ばれたという伝承を作り上げ、大祝を現人神として崇敬させました。しかし、幕府滅亡後、諏訪氏の権威は失墜し、それに伴い、在地に根付いた新たな縁起が求められるようになりました。この流れの中で、武士としての甲賀三郎を描く伝説が生まれたのです。当時、記紀神話は容易に読めるものではなかったため、中世前期の諏訪縁起は、記紀神話の影響を受けずに編纂されたと考えられています。

物語の類型

甲賀三郎伝説は、AT分類という国際的な物語の分類法においてAT301に分類されています。この類型は、主人公が地底世界を旅し、帰還するという共通の構造を持っています。

あらすじ

甲賀三郎伝説には、主人公の名前を「諏方（よりかた）」とするものと「兼家（かねいえ）」とするものがあり、それぞれ内容が異なります。

諏訪縁起（諏方系）

神道集「諏訪縁起の事」によると、甲賀三郎は、近江国甲賀郡の地頭・甲賀権守諏胤の三男として生まれます。父から東海道15ヶ国の惣追捕使の職を与えられた三郎は、春日権守の孫娘である春日姫と結婚します。しかし、春日姫は伊吹山で天狗にさらわれてしまいます。三郎は、兄たちと共に姫を探し、蓼科山の穴の底で発見しますが、穴に戻った際に兄の裏切りによって閉じ込められてしまいます。

穴の中を彷徨った三郎は、地底の維縵国にたどり着き、維縵姫と結婚します。一方、地上では、裏切った兄が春日姫を妻にしようとしますが、春日姫は乳母の妹婿に助けられ、祖父のもとに送られます。13年後、三郎は地上への帰還を決意し、維縵姫と共に地上に戻ります。しかし、三郎の体は蛇になってしまっていました。

僧侶の言葉に従い、人間の姿に戻った三郎は、春日姫と再会します。その後、二人は神道の法を授かって神通力を得て、蓼科山に到着します。そこで、三郎は諏訪大社上社、春日姫は下社の神として現れたとされています。また、維縵姫も後に浅間大明神として祀られます。最終的に、甲賀三郎と兄弟たちは、それぞれの土地の神として祀られ、物語は幕を閉じます。

生還する甲賀三郎

伝説の別バージョンでは、三郎は武勇に優れた武士として描かれています。醍醐天皇の時代、三郎は兄たちと共に若狭国の賊を討伐しますが、兄の嫉妬により穴に突き落とされます。しかし、三郎は生還し、兄の領地を引き継ぎます。その後、承平の乱で軍功を上げ、甲賀郡に移り住み、甲賀近江守となりました。

作品化

甲賀三郎伝説は、様々な形で作品化されてきました。古浄瑠璃や近松門左衛門による浄瑠璃、人形浄瑠璃、歌舞伎など、多くの作品が作られ、人々に親しまれてきました。

このように、甲賀三郎伝説は、諏訪地方の独特な信仰や文化を背景に、様々な変容を遂げながら語り継がれてきた物語です。その内容は、地底世界での冒険、蛇体への変化、神としての出現など、ファンタジー要素に満ちており、人々の想像力を刺激し続けています。

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