男はつらいよ 花も嵐も寅次郎

『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』

1982年12月28日に公開された日本映画で、「男はつらいよ」シリーズの記念すべき第30作にあたります。監督は山田洋次、主演はもちろん渥美清。この年のマドンナは田中裕子、ゲストには沢田研二が起用されました。上映時間は106分。当時の観客動員数は228万2000人とシリーズ歴代3位を記録し、配給収入は15億5000万円（資料によっては15億4000万円）という大ヒットとなりました。

あらすじ

物語は、寅次郎が見る奇妙な夢から始まります。それはまるでミュージカル映画『ウエストサイド物語』を思わせるような、ニューヨーク・ブルックリンの荒廃した街角。そこへ現れるのは、派手な格好で踊るジュリーと名乗る男（沢田研二）。彼に声をかけられた妹のさくらが「うちのお兄ちゃんに比べたら田舎者よ」と言うと、ハンフリー・ボガート風のダンディな姿の「ブルックリンの寅」が登場し、ジュリーを圧倒します。この夢のシーンには、かつて倍賞千恵子が所属していたSKD松竹歌劇団のダンサーたちが参加しており、柴又のとらや一家もブルックリン風の衣装で登場するなど、シリーズの中でも特にユニークな幕開けとなっています。

いつものように旅から柴又へ帰ってきた寅次郎ですが、騒動はすぐに巻き起こります。近所に住む幼馴染みの桃枝と交わした奔放な挨拶がきっかけで波紋を広げ、さらに夕食の席で松茸のことでおいちゃんと衝突。「出て行け！」と怒鳴られた寅は、「それを言っちゃあ、おしまいだよ」と例の台詞を残し、家を飛び出してしまいます。

寅次郎が次にたどり着いたのは、大分県の湯平温泉。そこで、チンパンジーの飼育員をしている青年・三郎（沢田研二）に出会います。三郎は、最近亡くした母親がかつてこの地で旅館の女中として働いていた縁で、思い出の湯平温泉を訪れ、母の遺骨を故郷である杵築に埋葬しようとしていました。彼の話に心を動かされた寅次郎は、その法事の手伝いをします。偶然にも同じ旅館に宿泊していた、東京のデパートに勤める螢子（田中裕子）とその同僚・ゆかり（児島美ゆき）も法事に参列したことから交流が生まれ、翌日には三郎の運転で皆で観光に出かけます。

大分での別れ際、それまで控えめだった三郎が、螢子に突然「僕とつきおうてくれませんか」と告白しますが、螢子は戸惑うばかり。それを見た寅次郎は笑いつつも、「東京へ帰ったら、もう一度会いたいと言えばいい」とアドバイス。その言葉に感銘を受けた三郎は、寅次郎をもっと知りたいと頼み込み、彼を車に乗せて柴又まで送り届けます。

とらやで手厚くもてなされた三郎は、帰りがけに寅次郎に螢子との関係を取り持ってほしいと頼みます。寅次郎は複雑な思いを抱きながらも、三郎のためにキューピッド役を引き受けます。螢子が大分での写真を持ってとらやを訪れたことを機に、寅次郎は螢子に会いに行き、三郎の真剣な想いを伝えます。ところが、寅次郎が「試しに付き合ってみたらどうか」と水を向けると、螢子は「あまりにも格好良すぎる（二枚目すぎる）から無理」という意外な理由で断るのでした。

思わぬ展開に困惑しながらも、寅次郎は三郎と螢子が再会できるよう一計を案じます。しかし、いざ会ってみると、三郎は寅次郎のアドバイスを形式的に守るばかりで、二人の会話は全く弾みません。螢子が「どうして私なんかを好きになってくれたの？」と尋ねても、「好き」という肝心な一言が出てこないのです。そんな三郎とのぎこちないデートを重ねた螢子は、寅次郎に悩みを打ち明けます。何でも話せて、一緒にいても決して退屈しない寅次郎とは違い、三郎とは話が続かず、早く一人になりたいと感じてしまうというのです。そんな螢子の悩みに、寅次郎は恋する三郎の心情を代弁するように語りかけます。「会う前は話したいことがいっぱいあるのに、いざ目の前に座ると何もかも忘れて黙りこくってしまう。そんな自分が情けなくて泣きそうになるんだ」と。

三郎の不器用な優しさを感じ取りつつも、螢子は最も大切な気持ちだけは直接三郎と語り合いたいと思っていました。寅次郎たちの温かい励ましを受け、螢子は再び三郎の元へ向かいます。三郎が勤める動物園の観覧車の中で、三郎はまたしてもチンパンジーの話を始めようとしますが、それは螢子への想いを伝えるための序曲でした。遂に三郎は、螢子が聞きたかった真心を込めた一言を口にします。「好きや」。二人の恋は成就したのです。

三郎と螢子の結ばれたことをまだ知らない寅次郎は、自分は役に立てなかったのではないかと思い、旅立とうとしていました。しかし、さくらから二人の結婚が決まったと知らされた瞬間、寅次郎は無意識のうちに抱いていた自身の螢子への淡い想いに気づきます。二人の幸せを直接祝福する辛さに耐えきれず、「やっぱり二枚目はいいな。ちょっぴり妬けるぜ」という言葉を残し、そのまま旅に出てしまいます。年の明けたお正月、寅次郎からとらやに電話がかかってきます。偶然、螢子もとらやに来ており、二人は電話で言葉を交わします。寅次郎への感謝の気持ちで言葉を詰まらせる螢子の様子に、二人が本当の幸せを見つけたことを確信した寅次郎は、静かに涙ぐむのでした。

その他

本作には、渥美清、倍賞千恵子、田中裕子、沢田研二をはじめ、シリーズお馴染みのキャストである下條正巳、三崎千恵子、前田吟、太宰久雄、佐藤蛾次郎、吉岡秀隆、笠智衆らに加え、朝丘雪路や児島美ゆき、内田朝雄、馬渕晴子、殿山泰司など多彩な俳優陣が出演しています。

主なロケ地は、シリーズでは珍しく九州地方が中心となり、大分県の湯平温泉や臼杵市、杵築市、別府市など広範囲で撮影が行われました。また、千葉県の谷津遊園や東京都の大丸東京店なども登場します。

エピソードとしては、本作での共演をきっかけに田中裕子と沢田研二が後に結婚したことが知られています。また、タイトルの「花も嵐も」は、映画『愛染かつら』の主題歌「旅の夜風」の歌詞から取られており、劇中でも寅次郎がこの歌詞を口ずさむシーンがあります。さらに、沢田研二がTBSの音楽番組「ザ・ベストテン」に出演した際、撮影中のとらやのセットから生中継を行い、共演者やスタッフに囲まれて歌唱するという貴重な映像が残されています。劇中には日産・ブルーバード（6代目）が登場し、当時沢田研二がCMキャラクターを務めていたことも話題となりました。

音楽面では、山本直純が手がけるお馴染みの楽曲に加え、各地の風景や登場人物の心情に合わせて様々なクラシック音楽が効果的に使用されています。

本作は、第1回ゴールデングロス賞で優秀銀賞を受賞しています。同時上映は『次郎長青春篇 つっぱり清水港』でした。

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