発心集

『発心集』は、鎌倉時代初期に鴨長明によって編まれた仏教説話集です。長明は『方丈記』の作者としても知られており、この『発心集』は彼の晩年の作品とされています。成立は建保4年（1216年）以前と考えられており、『長明発心集』とも呼ばれます。

この説話集は、仏道を志し隠遁生活を送る人々の物語を中心に構成されています。その影響は大きく、『閑居友』や『撰集抄』といった他の説話集はもちろんのこと、『太平記』や『徒然草』といった後世の文学作品にも及んでいます。

現存する流布本は全8巻102話からなりますが、最も原型に近いのは現存しない3巻本と考えられています。その他、5巻62話の異本も存在します。古い写本は存在せず、「慶安四年片仮名本」と「寛文十年平仮名本」が版本として刊行された流布本であり、神宮文庫には5巻の近世写本が所蔵されています。

『発心集』は、天竺（インド）や震旦（中国）よりも日本の説話に重点を置いており、発心譚、遁世譚、極楽往生譚、仏教霊験談、高僧伝など、仏教に関する様々な説話が収録されています。仏伝からの引用も多く見られます。登場人物の中心は、長明自身を含む隠遁者たちであり、特に西行はよく知られています。名声を求めず隠遁の道を選んだ高僧（冒頭の玄賓僧都の話など）や、心の迷いから往生できなかった僧、反対に俗世にいながらも芸道に打ち込み無我の境地に達した人々など、多様な生き方が描かれています。また、長明自身による感想や考察も加えられています。

人間の心の葛藤や意識の深層を深く掘り下げた点が、従来の仏教説話集にはない新鮮さをもたらしています。しかし、簗瀬一雄などの研究者からは、流布本の巻1〜6と巻7・8では思想的背景が異なるとして、巻7・8は別人による増補ではないかという指摘もなされています。一方で、高尾稔など増補説に否定的な研究者も存在し、古写本が現存しない状況のため、この論争に決着をつけるのは困難です。

関連図書
『方丈記・発心集』（三木紀人校注、新潮社「新潮日本古典集成」、1976年、新装版2016年）
『発心集』（簗瀬一雄訳注、角川文庫、1975年）
『発心集　現代語訳付き（上下）』（浅見和彦・伊東玉美訳注、角川ソフィア文庫、2014年）
『日本霊異記・発心集 ほか』（伊藤比呂美訳、河出書房新社〈池澤夏樹=個人編集 日本文学全集 8〉、2015年）
* 『日本霊異記・発心集』（河出文庫「古典新訳コレクション」、2024年3月）

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