白井光子

白井光子（しらいみつこ、1947年（昭和22年）5月28日 - ）は、日本を代表する声楽家、そして優れた音楽教育者です。特にドイツ・リートの解釈と歌唱において、国際的に極めて高い評価を得ています。彼女はメゾソプラノ、ソプラノ、アルトと幅広い声域を自在に操り、アレッサンドロ・スカルラッティやヨハン・ゼバスティアン・バッハから、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、フランツ・シューベルト、ロベルト・シューマン、フーゴー・ヴォルフ、ヨハネス・ブラームス、グスタフ・マーラー、アルバン・ベルク、アルノルト・シェーンベルク、アントン・ウェーベルンといったドイツ・オーストリアの大家を中心に、古楽から近現代まで音楽史全般にわたる膨大なレパートリーを持ち、その多くを録音に残しています。

経歴

長野県南佐久郡臼田町（現在の佐久市）に生まれ、長野県野沢南高等学校を卒業しました。1972年（昭和47年）に武蔵野音楽大学を卒業後、わずか3か月という短期間でドイツ語を習得し、同年には奨学金を得てシュトゥットガルト音楽大学へ留学。この地で、後の音楽人生において不可欠な存在となるピアニスト、ハルトムート・ヘルと出会います。二人は1972年（昭和47年）から音楽デュオを結成し、翌1973年（昭和48年）には結婚しました。ウィーン、ツヴィッカウ、スヘルトーヘンボス、アテネ、ミュンヘンといった国際的なコンクールで次々と入賞を果たし、声楽の最終的な研鑽は伝説的なソプラノ歌手、エリーザベト・シュヴァルツコップのもとで行われました。1975年（昭和50年）に東京でのリサイタルで日本デビューを飾り、翌年にはアムステルダムでヨーロッパデビュー。その後、ヨーロッパ各地をはじめ、スカンジナビア、イスラエル、アフリカ、日本、南米、ロシア、アメリカ、カナダなど世界中で精力的に公演を行い、1989年（平成元年）にはカーネギーホールでラヴェルの『シェヘラザード』を歌い、ニューヨークデビューを果たしました。白井光子とハルトムート・ヘルは、歌曲デュオとして世界的に高名となり、多数の歴史的な録音を世に送り出しました。

オーケストラ作品においては、特にマーラーの作品などでアルト歌手として活躍。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、アトランタ交響楽団、フランス放送フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン交響楽団などの名門オーケストラと共演し、リッカルド・シャイー、エリアフ・インバル、ユーリ・アーロノヴィチ、ヤーノシュ・フェレンチク、ヴォルフガング・サヴァリッシュといった著名な指揮者たちとタッグを組みました。彼女の主要なレパートリーには、マーラー交響曲第8番、ベルリオーズの『夏の夜』、ベルクの『7つの初期の歌曲』、ヒンデミットの歌曲集『マリアの生涯』、ウェーベルンの声楽全集、そしてシューベルトの『冬の旅』、ブラームス、ヴォルフ、シューマンの歌曲集などがあります。

オペラにも意欲的に取り組み、1987年（昭和62年）にフランクフルトでモーツァルトの『コジ・ファン・トゥッテ』のデスピーナ役でオペラデビューを飾りました。モーツァルト作品を中心に、リヒャルト・ワーグナーの『恋愛禁制』のような珍しい作品にも出演。モーツァルトの『ルーチョ・シッラ』やデュカスの『アリアーヌと青ひげ』など、コンサート形式での出演も数多くあります。日本では、サントリーホールでプロコフィエフの『アレクサンドル・ネフスキー』を演奏しています。

教育活動と近年

現在も世界各地でリサイタルやコンサートに出演する傍ら、後進の指導にも情熱を注いでいます。1992年（平成4年）にはカールスルーエ音楽大学の教授に就任し、1994年（平成6年）からは元夫であるハルトムート・ヘル氏とともに、声楽とピアノのデュオのためのマスタークラスを主宰。ザルツブルク・モーツァルテウムでも教授を務めています。また、フィンランドのサヴォンリンナ音楽祭、シュレスヴィヒ＝ホルシュタイン音楽祭、ワイマール国際音楽セミナー、ザルツブルク・モーツァルテウム、オールドバラ音楽祭、タングルウッド音楽祭、シンシナティ、エルサレムのアイザック・スターン音楽センターなど、世界中の著名な音楽祭や教育機関でマスタークラスを開催し、ヨーロッパ内外の多くの若手アーティスト育成に貢献しています。日本国内でも、大阪音楽大学客員教授や、2009年（平成21年）からは国立音楽大学の特別招聘教授として、長年にわたり指導にあたっています。

ギラン・バレー症候群により約2年間の演奏活動中断を余儀なくされましたが、2008年（平成20年）のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンで復帰を果たし、元夫のハルトムート・ヘル氏との演奏を披露しました。その後も精力的に活動を続け、2011年（平成23年）には母校でリサイタルを開催。2019年（令和元年）にも第一生命ホールでヘル氏との「リート・デュオ」コンサートを行うなど、現在も現役の演奏家として活躍しています。

評価と受賞

エリーザベト・シュヴァルツコップは、白井光子とハルトムート・ヘルのデュオを「世界最高の音楽家夫婦」と称賛しました。彼女の功績は国内外で高く評価されており、数々の栄誉に輝いています。紫綬褒章は、メゾソプラノ歌手としての傑出した業績と音楽界への貢献が認められたものです。2010年（平成22年）には、長年にわたるドイツ音楽への貢献に対し、ドイツ政府よりドイツ連邦共和国功労勲章功労十字小綬章が叙勲されました。

現代において最も多く録音を残している歌曲歌手の一人であり、その録音の多くが国際的な賞を受賞しています。特に、シューベルトの『冬の旅』の解釈は、国際的な批評家の間で、これまでに録音された中で最高の演奏の一つと広く認識されています。

主な受賞歴

1973年（昭和48年）ヴォルフ歌曲コンクール第1位
1974年（昭和49年）シューマン・コンクール第1位
1976年（昭和51年）スヘルトーヘンボス・コンクール国際賞、アテネ・コンクール国際賞
1982年（昭和57年）ロベルト・シューマン賞（ツヴィッカウ市より）
1996年（平成8年）第6回出光音楽賞大賞
1997年（平成9年）ABC国際音楽賞
2005年（平成17年）第56回芸術選奨文部科学大臣賞
2008年（平成20年）紫綬褒章
2010年（平成22年）ドイツ連邦共和国功労勲章功労十字小綬章
2018年（平成30年）旭日小綬章、ビクトリア大学名誉博士号授与（カナダ）

主なディスコグラフィー

膨大な録音の中から一部を抜粋します。

シューベルト歌曲集 (CAPRICCIO)
ヘルダーリン歌曲集 (日本クラウン)
ブラームス歌曲集 (日本コロムビア)
シューベルト『冬の旅』 (日本コロムビア) - 国際的に高く評価されている録音
シューマン歌曲集『女の愛と生涯』 (カメラータ・トウキョウ)
リヒャルト・シュトラウス歌曲集 (日本コロムビア)
ハイドンナクソスのアリアンナ (カメラータ・トウキョウ)
ヴィクトル・ウルマン歌曲集、ウェーベルン歌曲集 (CAPRICCIO)
シューマンミサ曲 (EMIミュージック・ジャパン) - ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
メンデルスゾーン交響曲第2番『賛歌』 (ワーナーミュージックジャパン) - ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
* 白井光子ジュビリー・エディション (CAPRICCIO)

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