白鳥由栄

白鳥 由栄

日本の受刑者として類を見ない脱獄の記録を持ち、「昭和の脱獄王」としてその名を知られる白鳥 由栄（しらとり よしえ、1907年 - 1979年）。彼は太平洋戦争という混乱期を含むおよそ26年間の服役期間中に、合計4回もの脱獄を成功させ、累計で3年近くの逃亡生活を送りました。その驚異的な脱出劇は、当時の看守たちの間でも語り草となり、「一世を風靡した男」と評されています。

生涯と最初の収監

青森県に生まれた白鳥は、幼くして父を亡くし、その後母が再婚したため姉と共に叔母夫婦の養子となりました。しかし、成長するにつれて素行が悪化し、1933年（昭和8年）、仲間と共に強盗殺人を犯し、最初の刑務所生活を送ることになります。

青森刑務所からの脱出（1回目）

最初に収監された青森刑務所では、劣悪な処遇に反抗したことで懲罰房に入れられてしまいます。これに対し、彼は手桶の留め具を加工して精巧な合鍵を作り出し、房の鍵を開けて1936年（昭和11年）に脱獄します。しかし、これは虐待を行った看守への復讐を目的としたものであり、翌日には自首。この脱獄が新たな罪状「逃走罪」となり、彼は無期懲役を言い渡されます。その後、宮城刑務所を経て東京の小菅刑務所へ移送されました。ここでは比較的穏当な扱いを受けていたようです。

秋田刑務所からの脱出（2回目）

1941年（昭和16年）、戦時下における罪因移送令により秋田刑務所に移送されます。過去の脱獄歴から特別房に収容されましたが、高さ3メートル、天窓のみという独房の過酷な寒さに耐えかね、防寒着の要求も拒否されたことから再び脱獄を決意します。彼は鎮静房の天窓を支える釘が錆びていることに気づき、部屋の隅を足がかりに天井に登る訓練を重ねました。そして、窓枠のブリキ片と古釘を用いて即席のノコギリを作り、日々の看守交代の隙を狙って少しずつ天窓の鉄格子を切り取っていきます。作業は約8ヶ月に及び、切り取りが完了すると、1942年（昭和17年）6月、暴風雨の夜を選んで鉄格子を外し、天井から脱出。刑務所の工場にあった丸太を足場に塀を乗り越えました。

網走刑務所からの脱出（3回目）

約3ヶ月後に再び自首した白鳥は、さらに収監期間が延長され、「難攻不落」と謳われた網走刑務所へ移送され、凶悪犯向けの特別房に入れられます。ここでは看守の態度に腹を立てて手錠を引きちぎるなどの行為を見せたことから、真冬に薄着を強いられる、手足に常に手錠や足錠をかけられ蛆が湧くなど、凄惨な虐待を受けることになります。死を覚悟した彼は、三度脱獄を企てます。手錠や視察孔の釘に、食事として与えられる味噌汁を毎日一年間にわたって吹きかけ続け、塩分で腐食させました。そして錆びた釘を外し、自らの関節を脱臼させて手錠を外し、監獄の天窓を頭突きで破り、さらに地中深く埋められていた煙突を引き抜いて足場とし、高さ4.5メートルの塀を越え、1944年（昭和19年）8月26日に脱獄を果たしました。

札幌刑務所からの脱出（4回目）

終戦まで潜伏していた白鳥でしたが、戦後、畑泥棒と誤解され農家に暴行を受けた際、相手を殺害してしまいます。1946年（昭和21年）8月10日に逮捕され、札幌地方裁判所で死刑判決を受けたことから、最後の脱獄を決意しました。過去3回の脱獄経験を警戒した札幌刑務所では、扉、窓、鉄格子などあらゆる箇所が補強された特別房を用意し、看守6人体制で厳重な監視を行いました。しかし白鳥は、視線を巧妙にずらしながら隠し持っていた金属片を加工してノコギリを作り、独房の床板を切断。食器を使い床下を掘り進め、トンネルを掘りました。そして1947年（昭和22年）3月31日、積雪で塀が低くなったタイミングを利用して脱走しました。

最後の逮捕とその後

数ヶ月後、白鳥は偶然出会った警官から煙草という当時貴重だった品を与えられたことに心を動かされ、自ら脱獄囚であることを明かして自首しました。これまで非人間的な扱いを受けることが多かった彼は、この親切な行為に大きな影響を受けたと言います。札幌高等裁判所での審理では、彼の受けた苛烈な待遇や虐待の一部が認められ、死刑判決は覆り、懲役20年の判決が下されました。その後、連合国軍最高司令官総司令部の指示により、専用貨車で厳重に護送され、府中刑務所に収監されました。府中刑務所では一般の受刑者と同様の扱いを受けたことで、白鳥は模範囚として過ごし、1961年（昭和36年）に仮釈放されます。出所後は建設作業員として働き、1979年（昭和54年）2月24日、心筋梗塞により71歳で生涯を閉じました。身寄りがなかったため無縁仏となりそうでしたが、仮釈放中に親交があった女性が引き取り、埋葬されました。

伝説を支えた背景と身体能力

白鳥がこれほどまでに脱獄を成功させた背景には、戦時下の混乱による看守不足や、金属供出による設備の質の低下があったと言われています。また、彼の驚異的な身体能力も大きな要因でした。全身の関節を自在に脱臼させる特異体質を持っていたとされ、わずかな隙間からでも脱出できたと言われています。さらに、一日120キロメートルを走破できる健脚や、手錠の鎖を引きちぎる、煙突の支柱を素手で引き抜く、60キロの米俵を軽々と持ち上げるなど、並外れた怪力の持ち主でもありました。府中刑務所の相撲大会では常に横綱を務めたという逸話も残っています。

後世への影響

白鳥由栄の波乱に満ちた生涯は、多くの人々を惹きつけ、様々な作品の題材となりました。吉村昭の小説『破獄』は彼の生涯をモデルにしており、後にテレビドラマ化されています。博物館網走監獄には、彼の脱獄を再現した展示があります。また、漫画作品『ゴルゴ13』や『ゴールデンカムイ』にも、彼をモデルにしたキャラクターが登場しています。

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