矢倉早囲い

矢倉早囲い：効率性とリスクの狭間を攻める戦法

矢倉早囲いは、相矢倉の一種であり、玉の囲いを通常よりも少ない手順で完成させることで、効率的な陣形構築を目指した戦法です。 一般的な矢倉囲いでは、玉の移動に複数の局面を要しますが、早囲いはその過程を省略することで、一手損する代わりに、時間的・空間的なアドバンテージを得ようとする戦略です。先手後手どちらにも用いることができ、特に角の移動手順を簡略化することが特徴です。

角の移動一手省略：効率性と不安定性のトレードオフ

通常、先手は8八の角を7九、6八と移動させて玉の移動ルートを確保し、6九、7九、8八と玉を移動させて囲いを完成させます。しかし、早囲いでは、玉を6八、7八、8八と移動させることで、7九への角の移動を省略します。この一手省略により、時間的な有利性を生み出せますが、玉の移動経路が2段目を通ることになり、敵からの攻撃にさらされるリスクが高まります。

このリスクを具体的に説明すると、まず、▲7七銀と銀を移動する手を急ぐ必要が生じ、中央の駒配置が薄くなる傾向があります。さらに、▲7八金と玉を堅く締める手を後回しにする必要があり、攻守のバランスが崩れやすくなります。そして、何より、玉が2段目を移動するため、相手の急戦に弱いという大きな欠点があります。特に、米長流急戦矢倉のような積極的な攻めには、陣形をまとめるのが非常に困難です。

昭和50年代後半には、飛車先不突矢倉の雀刺し型相手に対して、角を端に利かせたまま囲いが組めるという利点から隆盛を極めましたが、急戦策への対応の難しさから次第に衰退していきました。

藤井流早囲い（藤井矢倉）：早囲いの復活と進化

プロ棋戦において、早囲いを復活させたのは藤井猛九段です。藤井流早囲いは、早囲いの弱点である急戦矢倉への対策として、当時主流だった飛車先を突かない戦法（飛車先不突矢倉）とは逆に、▲2六歩と早めに飛車先を突いて、▲2五歩と見せることで、後手の急戦を抑制する戦略を採用しています。

さらに、玉の移動よりも▲3六歩〜▲3七銀の活用を優先し、後手の反応を見てから玉の囲いを完成させる柔軟性も持ち合わせています。玉は必ずしも8八まで移動する必要はなく、7八で留めることも可能です。 特徴的なのは、△6四角（角の睨み）に対して▲4六角と応じることで、角交換を誘発し、片矢倉（天野矢倉）に組み替える点です。片矢倉は金矢倉よりも8筋からの攻めに弱いとされる一方で、角の打ち込みが少なく、囲うのに必要な手数も少ないというメリットがあります。

藤井流は、角交換しやすい脇システムと片矢倉の組み合わせが特徴で、従来の早囲いとは異なる斬新なアプローチです。藤井自身も、この戦法を早囲いというよりも、天野矢倉と脇システムのハイブリッドと表現しています。佐藤康光九段や阿部健治郎八段など、多くの棋士が藤井流を採用し、先手矢倉の有力な戦法の一つとして確立されました。しかし、米長流急戦矢倉や矢倉中飛車を応用した急戦策は、藤井流に対しても有効であり、主流戦法とは言い切れない側面も持っています。

2014年の朝日杯将棋オープン戦では3局出現し全て勝利、2015年の名人戦では行方尚史九段が複数局で採用し、さらに王将戦でも郷田真隆九段が採用して勝利するなど、近年では再び注目を集めています。

4六銀・3七桂型と早囲いの関係

従来の相矢倉における有力戦法である4六銀・3七桂型において、▲4六銀に対して△4五歩と反発された場合の対策が課題となっており、必ずしも先手が有利になるわけではありません。しかし、後手も柔軟に対応できることから、若手棋士を中心に実戦例が増加しています。

参考文献

木村一基 『木村の矢倉（急戦・森下システム）』 マイナビ 2012年
佐藤康光 『佐藤康光の矢倉』 毎日コミュニケーションズ 2011年
『将棋世界2011年7月号』 日本将棋連盟 2011年
藤井猛 『藤井矢倉の攻防』（『将棋世界2011年11月号』付録） 日本将棋連盟 2011年

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