飛車先不突矢倉

飛車先不突矢倉：現代将棋の礎を築いた革新的戦術

飛車先不突矢倉は、将棋の矢倉戦における相矢倉で、主に先手が用いる戦術です。従来の矢倉戦では、先手が▲2六歩と飛車先を伸ばすのが一般的でしたが、飛車先不突矢倉は、この定石を覆し、▲2六歩を保留して他の駒を有利な位置に配置することで、主導権を握ることを目指します。

誕生と普及

1980年代初頭から普及し始め、それまでの矢倉戦の指し方を「旧24手組」と「新24手組（不突）」に二分するほど大きな影響を与えました。飛車先を伸ばすか否かで、戦いの展開が大きく変わることを示す、画期的な戦術でした。

しかし、2010年代後半以降、コンピュータ将棋の発展により後手の戦術、特に急戦矢倉が高度化し、飛車先不突矢倉への対策が容易になったことから、2020年代に入ると、先手は再び▲2五歩と飛車先を早く伸ばす指し方に回帰しつつあります。これは、飛車先不突矢倉が誕生する以前の指し方への逆戻りと見なすこともできます。

興味深いことに、この飛車先不突矢倉の隆盛と衰退の過程で、急戦矢倉や矢倉早囲いなど、新たな戦術が次々と生まれてきました。

なお、「不突」の読みは本来「つかず」ですが、「ふつき」と読まれることも多くなっています。

コペルニクス的転回

勝又清和氏らは、将棋における常識を覆した戦術として、飛車先不突矢倉を高く評価しています。▲2六歩は、居飛車では敵陣に飛車を働かせるための基本的な手順ですが、飛車先不突矢倉は、この常識を破り、他の駒を戦略的に配置することで優位に立つことを目指す、革新的な発想でした。

羽生善治氏、横山泰明氏、神谷広志氏、森下卓氏ら多くの棋士が、この戦術の斬新さと、それを生み出した棋士の柔軟な発想、そして勇気を称賛しています。昭和60年代前半に確立されたこの戦術は、将棋の序盤戦略に大きな変化をもたらし、現代将棋とそれ以前の将棋を分ける転換点となりました。

名人戦での活躍と評価

飛車先不突矢倉は、昭和20年代後半にも存在しましたが、当時のそれは消極的な手法でした。しかし、1982年の第四十期名人戦、加藤一二三九段対中原誠名人の対局で用いられ、脚光を浴びることになります。この名人戦では、七番勝負が持将棋、千日手をはさんで実質十番に及び、勝負のついた七番はすべて先手勝ちという異例の展開となりました。第二局から第六局千日手指し直し局までの六局がすべて飛車先不突矢倉で争われ、加藤3勝、中原2勝という結果に終わりました。

この名人戦での活躍は、飛車先不突矢倉の有効性を示すものとなりましたが、同時に、この戦術の優劣について、いまだに結論が出ていないことを示唆しています。

スズメ刺し型

飛車先不突矢倉の具体的な展開の一つに「スズメ刺し型」があります。これは、田中寅彦九段が戦法の黎明期に用いた型で、3筋の歩を交換し、その後3六銀から3七桂の理想型を作り出すことで、飛車先不突のメリットを活かすものです。

スズメ刺し型は、青野照市九段が七段時代に編み出した戦法でもあり、「青野流」と呼ばれていました。青野九段によると、野本虎次九段が2六歩を突かない矢倉を指していたことが、この戦法の発想の源流にあったと言われています。しかし、野本流は飛車先を突かないことを重視するものではなく、角の活用を重視したものでした。

青野流は、飛車先を突く手を保留することで、より有効に活用しようとする戦術です。当時、大山康晴十五世名人でさえも、飛車先不突は一時的な流行に過ぎず、いずれは飛車先を突くようになると予想していました。米長邦雄九段も同様に、この戦法を否定的に評価していました。

飛車先不突矢倉の狙いと対策

飛車先不突矢倉の狙いは、端攻めによって優勢を築くことです。しかし、その一方で、飛車先が突かれていないことで、後手の急戦や奇襲への対応が遅れるという弱点もあります。

後手は、飛車先不突矢倉に対して、角を3一のまま囲う土居矢倉や変形土居矢倉、矢倉早囲い、中住まいなどの戦法を用いることで対応します。また、端から一方的に攻められることを避けるため、早くに中央への戦いに持ち込む、4一玉型で開戦するといった急戦矢倉も有効です。

2000年代以降、後手の矢倉戦の多様化は、飛車先不突矢倉の出現によって生み出されたと言えます。飛車先不突矢倉は持久戦に強いですが、奇襲に対しては対応が遅れるため、結局は飛車先を突く（突かせる）展開になりがちです。

これに対し、先手は端攻めも視野に入れつつ、右銀を中央寄りに展開することで対応し、森下システムへと繋がる流れを作っていきました。

まとめ

飛車先不突矢倉は、現代将棋に多大な影響を与えた画期的な戦術です。その斬新な発想と、後手の対策、そしてその後の将棋界への影響は、将棋史において重要な位置を占めています。この戦術の研究を通して、将棋の奥深さと、戦術の進化のダイナミズムを感じ取ることができるでしょう。

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