矢部定謙

矢部定謙：剛直な旗本の生涯

矢部定謙（やべ さだのり）は、寛政元年（1789年）に生まれ、天保13年（1842年）に没した江戸時代後期の旗本です。通称は彦五郎。位階は従五位下。駿河守から左近衛将監に遷任後、再び駿河守に任じられました。矢部の生涯は、幕府の役人として、そして一人の人間としての信念を貫いた姿を今に伝えています。

生い立ちと初期の経歴

寛政元年（1789年）、矢部は幕臣・矢部定令の子として誕生しました。初期の経歴については詳しい記録は残っていませんが、着実に幕臣としての道を歩んでいったことが伺えます。

大坂西町奉行としての活躍と苦悩

天保2年（1831年）に堺奉行、天保4年（1833年）に大坂西町奉行に任じられました。当時、大坂は凶作に見舞われており、矢部は飢饉対策に奔走します。この時、元与力で学者であった大塩平八郎と協力関係を築き、窮民の救済に尽力しました。しかし、飢饉対策を巡り、大塩と意見が対立するようになります。大塩は、矢部の政策を「奸佞」であると批判するようになります。

天保7年（1836年）に勘定奉行に就任するため江戸へ移りますが、その直後、大塩平八郎の乱が発生。大塩が幕府に提出しようとした建議書の中で、矢部は不正を働いた人物として弾劾されました。

江戸南町奉行としての挫折

天保12年（1841年）4月、矢部は江戸南町奉行に任命されます。しかし、老中水野忠邦と対立し、わずか8か月で罷免されるという不遇をかこちます。水野忠邦が進める天保の改革に対し、矢部は、北町奉行遠山景元と協同して反対しました。

特に、価格高騰に対する政策では、水野や藤田東湖らが株仲間の廃止を主張したのに対し、矢部は文政改鋳による悪貨が最大の問題であると指摘。株仲間の急な廃止は混乱を招くと主張しました。矢部の意見は、大坂が経済の中心であるという視点から、物価高騰を防ぐためには株仲間の維持が必要であるというものでした。しかし、この意見が水野の意に沿わず、罷免の原因になったと考えられています。

非業の死とその後

罷免後、矢部は処分を不服として絶食し、天保13年7月24日（1842年8月29日）に亡くなりました。享年54歳。その死は、幕府の政治に対する抗議の意思表示であったと言えるでしょう。死後、矢部は、生前の功績から出羽庄内藩復領の恩人として祭神として祀られました。

水野忠邦の改革は失敗に終わり、水野自身も失脚しました。その後、矢部の養子である鶴松が幕府への出仕を許され、矢部家は再興を果たします。

人物像と評価

矢部定謙は、剛直な性格で知られていました。不正を許さず、自らの信念を貫く姿勢は、多くの人々に感銘を与えました。一方で、その rigid な性格が災いし、政争に巻き込まれて不遇な死を遂げたとも言えます。

矢部定謙が登場する作品

矢部定謙を題材とした小説やドラマも存在します。

松本清張『天保図録』
藤沢周平『義民が駆ける』
中村彰彦『天保暴れ奉行 気骨の幕臣 矢部定謙 （上・下）』
澤田瞳子『輝山』

また、テレビドラマ『若さま侍捕物帳』や『必殺スペシャル・秋! 仕事人vsオール江戸警察』にも矢部が登場します。

まとめ

矢部定謙は、江戸時代後期の幕臣として、その剛直な性格と信念に基づいた行動で、人々に記憶される存在です。大塩平八郎との関係や水野忠邦との対立など、様々な出来事を通して、彼の人物像が浮かび上がってきます。彼の生涯は、幕府の役人としての責任と、一人の人間としての良心の葛藤を描き出しており、現代においても多くの示唆を与えてくれます。

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