義民が駆ける

あらすじ

江戸時代後期、川越藩の藩主である松平斉典は、財政難に苦しんでいました。彼は、将軍徳川家斉の息子である斉省を養子に迎えており、その生母であるおいとの方に働きかけ、幕府の首脳に多額の賄賂を渡すことで、経済状況の良い庄内への国替えを画策します。庄内藩は肥沃な土地を持ち、良質な米を産出する裕福な藩でした。

幕府は、川越藩、庄内藩、長岡藩の三藩を巻き込む形で国替えを命じます。この唐突な国替え命令に、庄内藩の藩主である酒井忠器、世子の忠発、家臣たちは対応に苦慮します。また、商人の本間光暉や佐藤藤佐なども、この国替えに翻弄されます。

庄内藩の農民たちは、この理不尽な命令に反発し、江戸に上り、諸大名や幕府の役人に直訴を試みます。彼らは、自分たちの土地や生活を守るために、必死で戦います。

この国替えの裏には、将軍家斉の思惑がありました。彼は、おいとの方から川越藩の庄内移封の望みを聞かされ、老中首座の水野忠邦に命じます。水野忠邦は、国替えが露骨にならないように、長岡藩を間に挟み、三方領地替えという形を取りました。この国替えは、単なる領地の移動ではなく、幕府内部の権力闘争や、様々な人々の思惑が絡み合った複雑なものでした。

登場人物

荘内藩

酒井忠器（さかい ただとき）：荘内藩の藩主。
酒井忠発（さかい ただあき）：忠器の世子。
松平甚三郎（まつだいら じんざぶろう）：家老。
酒井奥之助（さかい おきのすけ）：家老。
水野内蔵助（みずの くらのすけ）：家老。
白井矢太夫（しらい やだゆう）：執政。
酒井右京（さかい うきょう）：中老。
竹内右膳（たけうち うぜん）：中老。
松平舎人（まつだいら とねり）：中老。
矢口弥兵衛（やぐち やへえ）：江戸留守居役。
大山庄太夫（おおやま しょうだゆう）：江戸留守居役。
都築十蔵（つづき じゅうぞう）：小姓頭。
相良文右衛門（さがら ぶんえもん）：郡奉行。

荘内藩の家臣、領民、商人

本間光暉（ほんま こうき）：荘内藩の御用商人。
佐藤藤佐（さとう とうすけ）：荘内出身の商人。
本閒辰之助（もとま たつのすけ）：京田通西郷組書役。
文隣和尚（ぶんりんおしょう）：玉龍寺の住職。

川越藩

松平斉典（まつだいら なりつね）：川越藩の藩主。
加賀屋万平（かがや まんぺい）：庄内藩の領民でありながら、川越藩に通じている。

将軍家、御三家、御三卿

徳川家斉（とくがわ いえなり）：大御所。11代将軍。
徳川家慶（とくがわ いえよし）：12代将軍。
徳川斉昭（とくがわ なりあき）：常陸水戸藩の藩主。
田安斉匡（たやす なりまさ）：御三卿。忠発の正室の父。

諸大名

藤堂和泉守（とうどう いずみのかみ）：伊勢津藩の藩主。国替えに反対する。
伊達陸奥守（だて むつのかみ）：陸奥仙台藩の藩主。荘内藩の隣国として国替えに反対する。
松平越後守（まつだいら えちごのかみ）：美作津山藩の藩主。かつて荘内への国替えを望んだ。

幕府首脳

井伊直亮（いい なおすけ）：大老。
水野忠邦（みずの ただくに）：老中首座。
太田資始（おおた すけもと）：老中次席。
土井利位（どい としつら）：老中。
脇坂安董（わきさか やすただ）：老中。
堀田正篤（ほった まさあつ）：老中。
真田幸貫（さなだ ゆきつら）：老中。
中野碩翁（なかの せきおう）：隠居。元幕府新番頭格。
遠山景元（とおやま かげもと）：旗本。北町奉行。
矢部定謙（やべ さだのり）：旗本。南町奉行。
水野忠篤（みずの ただあつ）：御側御用取次。
鳥居耀蔵（とりい ようぞう）：目付。忠邦の腹心。

作品の刊行

この作品は、中央公論新社、講談社、文藝春秋から刊行されています。

中央公論新社
1976年9月10日初版
中公文庫版（1980年、1995年改版）
2006年新装改版
講談社
講談社文庫版（1998年）
レジェンド歴史時代小説版（2015年）
文藝春秋
藤沢周平全集 第十七巻（1993年）

関連作品

中村彰彦の『北風の軍師たち』は、同じ事件を川越藩士の視点から描いています。

用語解説

義民：領主や役人の不正に対して、命をかけて抵抗した農民。
一揆：農民たちが団結して起こす抵抗運動。
三方領知替え：複数の藩の間で、領地を交換すること。

もう一度検索