矢野伊助

矢野伊助：赤穂義士の影に潜む足軽

江戸時代中期、生没年不詳の矢野伊助は、赤穂藩浅野家に仕えた足軽でした。5石2人扶持というささやかな禄を賜り、足軽頭原元辰の配下で働いていたと記録されています。

元禄14年（1701年）、主君・浅野長矩が江戸城内で吉良義央に刃傷に及んだ事件は、赤穂藩の運命を大きく変えました。藩は取り潰され、浅野家は滅亡の危機に瀕します。

家老の大石良雄は、赤穂藩士たちに討ち入りへの参加を促すため、血判を求めました。しかし、矢野伊助は士分ではなく足軽という身分でした。そのため、血判による参加表明は叶いませんでした。それでも矢野は、主君の無念を晴らしたいという強い思いを抱いていました。

赤穂城が開城された後も、矢野は赤穂に留まりました。元禄15年（1702年）9月19日、大石良金らと共に江戸へ向けて出発します。一行には、大石信清、間瀬正明、茅野常成、小野寺秀富といった面々も含まれていました。10月4日、一行は江戸に到着しました。その後、大石良雄も江戸へ下向し、10月26日には相模国川崎の平間村で宿を借りました。大石良雄は11月5日に江戸城下へと入ります。

その後、平間村に残された滞在所は、大石家家臣の瀬尾孫左衛門と共に矢野伊助が管理することになりました。しかし、吉良邸討ち入り直前の12月12日、矢野と瀬尾は忽然と姿を消し、消息不明となりました。討ち入りへの関与を示唆する記録もありますが、詳細は不明です。

矢野伊助は、武士ではない足軽という身分でありながら、主君への忠義を貫こうとした人物と言えるでしょう。血判を押すことはできませんでしたが、大石良雄らと共に江戸へ下向し、討ち入り計画に何らかの形で関わっていた可能性は否定できません。しかし、吉良邸討ち入り直前に姿を消したことで、その後の消息は謎に包まれています。

史料が乏しく、その生涯は多くの謎に包まれていますが、矢野伊助は、赤穂義士の物語における、忘れられた足軽として、その存在を歴史に刻んでいると言えるでしょう。彼のような、記録に残らない多くの者たちの存在があったからこそ、赤穂義士の物語はより複雑で、人間味あふれるものとなっているのです。足軽という立場ながら、主君の仇討ちという大義に共鳴し、行動を起こした矢野伊助の生涯は、歴史の陰に隠された、一つのドラマとして、私たちに問いかけ続けています。彼の人生、そして消息不明となった後の行方は、これからも多くの歴史研究者の想像力を掻き立て続けることでしょう。

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