知太政官事

知太政官事（ちだいじょうかんじ）とは

知太政官事は、飛鳥時代から奈良時代にかけて存在した、律令制度における令外官の一つです。文字通り「太政官の事を知る」官職であり、太政官の長として国政を統括する役割を担いました。大宝3年（703年）に刑部親王が最初に任命されて以降、穂積親王、舎人親王、鈴鹿王と、計4人の皇族が任命されました。

知太政官事の設置背景

大宝律令の施行後、太政大臣の官職が規定されていたにもかかわらず、あえて知太政官事が設置された背景には、いくつかの要因が考えられます。

皇太子指名との誤解回避: 大友皇子や高市皇子が太政大臣であった当時、皇太子またはそれに準ずる立場として天皇の共同統治者・政務代行者としての地位にありました。そのため、太政大臣の任命が皇太子指名と誤解される可能性があり、当時の朝廷が意図していた草壁皇子の男系子孫による皇位継承を不安定化させることを避ける配慮がありました。
律令官制の理念との整合性: 親王が皇族という出自によって大臣に任命されることが、勤務評価に基づいて官位を上げて官僚機構の最高位である大臣に至るという、律令官制の理念に反すると考えられるようになりました。

知太政官事の経緯

刑部親王: 大宝律令編纂の主宰という功績から、当時最も有力な皇族として重んじられていました。持統太上天皇の崩御後、若年の文武天皇を補佐する目的で、大宝3年（703年）に初代の知太政官事に任命されました。
穂積親王: 刑部親王の薨去後、天武天皇の皇子の中で年長者であったことから、慶雲2年（705年）に後任として任命されました。
舎人親王: 穂積親王の薨去後、一時的に知太政官事は補充されませんでした。しかし、藤原不比等の死去後、朝廷内の緊張が高まり、天武天皇の皇子である舎人親王が養老4年（720年）に知太政官事に任命されました。同時に、新田部親王が中央政府直属の軍隊の全指揮権を掌握する臨時の官職に任命され、太政官の補強が行われました。
鈴鹿王: 舎人親王の薨去後、聖武天皇が壮年であったため、再び知太政官事は空席となりました。しかし、天平9年（737年）に藤原武智麻呂ら太政官の主要メンバーが疫病で相次いで亡くなるという非常事態が発生し、高市皇子の子である鈴鹿王が知太政官事に任命されました。

知太政官事の終焉

鈴鹿王の没後、知太政官事は再び任命されることはありませんでした。その理由として、以下のような要因が考えられています。

知太政官事の地位低下: 橘諸兄が右大臣として台頭し、天皇の勅裁を奉じて単独で政務を執行する権限を持つようになったことで、太政官における合議を経る原則が崩れ、知太政官事の政治的な立場が低下しました。
藤原氏の台頭: 天皇と血縁的に結びついた藤原氏の大臣が、知太政官事に期待されていた天皇の補弼と後見を行うようになったことで、知太政官事の存在意義が薄れました。

しかし、約200年後に編纂された『延喜式』には、親王が知太政官事に任命された際に右大臣に准じて季禄を与える旨の規定が残されており、将来的に知太政官事が復活する可能性が考慮されていたことがうかがえます。

知太政官事は、律令制度の変遷の中で、天皇の補佐と政治の安定化を目的として設置された官職でしたが、時代とともにその役割を終え、歴史の中に姿を消しました。

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