秋山郷方言

秋山郷方言について

秋山郷方言は、新潟県津南町と長野県栄村にまたがる中津川流域の秋山郷で話されている日本語の方言です。この地域は長らく周囲から隔絶された秘境であったため、独特な言語環境が形成され、言語島としての特徴を持っています。

発音の特徴

秋山郷方言のアクセントは、東京式アクセントの一種である外輪東京式アクセントに分類されます。

母音体系は7母音（/u, o, ɔ, a, ɛ, e, i/）を持ち、中越方言と連続性が見られます。各母音の発音は以下の通りです。

/i/：共通語よりもやや中舌的ですが、東北方言ほどではありません。
/u/：中舌的で、非常に狭い発音となります。
/e, o/：共通語の/e, o/よりもかなり狭く、基本母音の[e], [o]よりも狭いです。
/ɛ, ɔ/：共通語の/e, o/よりわずかに広く、基本母音の[ɛ], [ɔ]よりやや狭いです。
/a/：共通語とほぼ同じです。

また、シラビーム方言であり、長音・促音・撥音が共通語よりも短く、いわゆる「寸詰まり」に聞こえる特徴があります。

音節の特徴

秋山郷方言では、/Cu/の音節の多くが欠けています。特に、/tu, du/だけでなく、/ku, pu, hu, nu, mu, ru/も欠けている点が特徴的です。

/tu, du, hu/は、それぞれ/cu, zu, fu/に変化しています。
その他の欠けている/Cu/音節は、/Co/に変化しています。

また、/Ci/の音節もほとんどが欠けており、この音節の子音は口蓋化した[ʃ, ʧ, (d)ʒ]で発音されます。一般的に/Ci/の形の音節は/Ce/に変化していますが、/ki, gi/は/ci, zi/になっています。これに並行して/kjV, gjV/も/cjV, zjV/に変化します。

連母音融合

秋山郷方言には、以下のような連母音融合が見られます。

/au/＞/ɔː/
/ou/＞/oː/
/ai/＞/ɛː/
/oi/＞/eː/
/ui/＞/eː/
/ie/＞/eː/

これらの融合は、中越地方と連続する開合の区別を示すものです。また、/ɨ/と/e/は混同され、/e/に統合する傾向があります。これも中越や長野県北東部の方言と共通しています。

合拗音/kwa, gwa/が残存しており、/kwV, gwV/の形の音節は/a/だけでなく、/u, i/以外の全ての母音と結合します。一方で、/Cju/の形の音節は全て欠けており、/Cjo/に合流しています。

その他

ヒ、ヘは[ɸi, ɸe]として発音されます。
比較的最近まで、ハ、ホなども[ɸa, ɸo]のように発音されていたようです。
語中のガ行鼻濁音はなく、破裂音[ɡ]で発音されます。
語中の有声化は語彙的なものは存在しますが、体系的には起こりません。
入り渡り鼻音もありません。
非ズーズー弁であり、シとス、チとツ、ジとズの混同はありません。
二つ仮名方言です。

例えば、「霧が深くてさ、桐の木が見えないよねえ」は、秋山郷方言では「チレガ フカコデソァー チンノチガ メーネァーガナー」となります。

文法の特徴

秋山郷方言の語法には、上代東国方言との一致が見られる特徴があります。

五段活用において、ウ段とオ段が統合していないカ行、ガ行、サ行、タ行の動詞において、終止形はウ段、連体形はオ段で現れます。例えば、「立つ」の終止形は「タツ」、連体形は「タト」となります。

ただし、文の終止や禁止の「ナ」が接続する場合は、終止形がウ段とオ段で揺れることがあります。一方、推量の「ロァー」などが接続する場合は、終止形はウ段で安定しています。

また、形容詞の連体形に「ッケ」が現れるのも、上代東国方言との関連性が考えられます。

参考文献

馬瀬良雄（1982）『秋山郷のことばと暮らし―信越の秘境』第一法規出版
『消滅する方言音韻の研究調査研究』 佐藤亮一編　大阪学院大学情報学部　2002年
飯豊毅一・日野資純・佐藤亮一編（1983）『講座方言学 6 中部地方の方言』国書刊行会

関連項目

裏日本方言
越後方言
長野県方言
奥信濃
鈴木牧之 - 文政年間（1830年前後）に秋山郷を訪れ、当時の方言を「北越雪譜」や「秋山記行」に書き記した。

この項目では、秋山郷方言の音声、文法、歴史的背景などについて詳しく解説しました。この地域の方言が持つ特異な特徴は、言語学の研究対象として非常に興味深いものです。

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