裏日本方言

裏日本方言とは

裏日本方言は、日本語の方言を音韻体系で分類した際に、日本海側と東北地方に分布する方言群を指します。この地域の方言は、特に「ズーズー弁」として知られる独特の音韻体系を持つことで有名です。

音韻の特徴

裏日本方言の主な音韻的特徴は以下の通りです。

1. イ段とウ段の母音の中舌化: イ段とウ段の母音が、それぞれ中舌母音の[ï]、[ɯ̈]に近い発音になります。特に、「シ」と「ス」、「チ」と「ツ」、「ジ（ヂ）」と「ズ（ヅ）」の区別がなくなる現象（ズーズー弁）が顕著です。
2. エ段の母音のイ段化: エ段の音が、共通語の「エ」よりも「イ」に近い発音になり、単独の母音の場合、「イ」と「エ」が統合されます。
3. ウ段音のオ段化: 共通語のウ段の語が、かなりの程度でオ段の音で発音されるようになります。

これらの特徴のうち、1のシとス、チとツ、ジ（ヂ）とズ（ヅ）の区別がなくなる現象は、東北地方、富山、能登、雲伯地域で見られます。東関東ではこの区別は保たれます。出雲や米子では、「く」「ぐ」「ふ」を除くほとんどのウ段音がイ段音との区別なく[ï]と発音されることがあります。中舌母音[ï]は、奄美語や宮古語、八重山語といった南西諸島の方言にも存在しますが、前舌母音の「i」と区別される発音であり、宮古や八重山では強い摩擦音を伴うなど、裏日本式の中舌母音とは性質が異なります。

2の特徴は、東北、北海道、北陸、出雲、長野県北東部で見られます。ただし、東北北部日本海側の高齢層では、母音単独の「イ」と「エ」の区別が残っています。

3の特徴は、山陰、北陸、長野北部、東北の日本海側から北端にかけて広く分布しています。

なお、共通語のウ段母音も[u]よりやや中舌寄りの[ɯ]で発音されることがあり、中部方言でも[ɯ]または[ɯ]と[u]の中間音で発音されます。一方で、近畿方言、山陽方言、四国方言、九州方言では、唇の丸みを帯びた奥舌母音[u]で発音されます。

下位区分

裏日本方言は、さらに以下のような下位区分に分けられます。

北海道方言
北奥羽方言
南奥羽方言
東関東方言
越後方言
秋山郷方言
北陸方言
出雲式方言

アクセントへの影響

裏日本方言は、音韻体系による区分であるため、アクセントは多様ですが、共通して見られる特徴として、アクセントの型が母音の広狭によって制限を受けることがあります。この制限により、東京式アクセントが変化したものが北海道方言、北奥羽方言（三陸海岸北部を除く）、出雲方言に分布しています。また、千葉県中部では、中輪東京式アクセントがこの制限を受けて変化しています。富山県では、垂井式アクセントが同様の制限を受けて変化しています。加賀のアクセントも母音の広狭による制限を受けます。

例えば、新潟県下越、山形県庄内・最上地方、秋田県、岩手県の一部、青森県津軽地方では、2拍名詞のうち、2拍目の母音が狭いもの（春など）は元のアクセントを保ちますが、2拍目の母音が広いもの（糸など）は平板型になり、別のグループと同じになります。富山県のアクセントは、垂井式アクセントをベースに、音の下がり目の直後の拍が広母音の場合、下がり目が後退する傾向が見られます（例：「イケガ」→「イケガ」）。この特徴は、イとウの中舌性が影響を与えていると考えられます。讃岐方言や対馬方言でも同様の特徴が見られます。

歴史的背景

裏日本方言の成立については、まだ定説はありません。表日本方言の[i]は舌をできるだけ前に、[u]は最も後ろにするため、発音にエネルギーを要します。発音の負担を軽減するために、中央から離れた地域でこの制約が緩み、中舌母音になった可能性があります。また、古代には裏日本方言が東北から日本海沿岸を通り山陰まで分布していたとする説もあります。大和勢力の拡大に伴い、東山陰地方では裏日本方言の特徴が弱まり、出雲が取り残されたという見方もあります。

関連情報

日本語の方言の概観
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* 小泉保

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