窪川鶴次郎

窪川鶴次郎（1903-1974）は、大正から昭和にかけて活躍した日本の文芸評論家です。静岡県菊川市に生まれ、少年時代を過ごしました。

掛川中学校（現在の静岡県立掛川西高等学校）を卒業後、金沢の第四高等学校に進学。ここで後の作家、中野重治と知り合ったことが、理科系だった彼の人生を大きく文学へと方向転換させる契機となりました。文学への強い思いから高校を中途退学して上京。貯金局に勤務しながら文学に没頭する日々を送ります。後に大学進学のために上京した中野と再び交流を深め、堀辰雄らとともに同人誌『驢馬』を創刊し、活発な文学活動を展開しました。

この頃に出会った佐多稲子とは、1927年に結婚します。佐多稲子は窪川や中野の勧めもあり小説を書き始め、特に「キャラメル工場から」の発表でプロレタリア文学の新進作家として注目を集めましたが、一方で鶴次郎自身の評論活動はなかなか評価を得られませんでした。しかし、1930年に雑誌『ナップ』に掲載された彼の詩「里子にやられたおけい」は作曲されて広く歌われ、知られる存在となります。

文芸評論家としての窪川が本格的に認められるようになったのは1931年頃からです。プロレタリア文学運動の隆盛期にあり、彼は理論的な支柱の一人となっていきます。1932年1月には日本共産党に入党しますが、その直後の3月24日に検挙され、5月4日に起訴されるという弾圧を受けます。翌1933年、獄中で結核が再発したため、政治活動を行わないことを条件に11月に保釈されました。

1934年に作家同盟が解散してからは、活動の場を広げ、総合雑誌や文芸雑誌にも評論を発表するようになります。この時期の代表的な評論集としては、1939年に中央公論社から刊行された『現代文学論』などがあります。これらの著作の中で、彼は戦時色を強める時代の文学に対して警鐘を鳴らし、現実社会をどのように文学で描くべきかというテーマを深く追求しました。

しかし私生活では、1938年に19歳年上の作家、田村俊子との恋愛関係が発覚し、妻である佐多稲子との間に深刻な亀裂が生じます。この関係悪化は避けられず、1945年に二人は離婚に至りました。稲子はこれ以降、筆名を佐多稲子と改め、二人の関係を題材にした作品を複数発表しています（代表作に『くれない』など）。

戦後、窪川鶴次郎は新日本文学会の結成に加わり、民主主義文学の立場から評論活動を継続しました。1950年代に入ると、日本大学での講義に重点を置くようになり、以前ほど活発に評論を発表することは少なくなります。一方で、石川啄木の研究や短歌論にも深く関わるようになり、晩年には啄木研究者としてのイメージが強くなりました。

彼はまた、戦時中の言動を巡って批判を受けたことでも知られます。1941年12月の『朝日新聞』には、「文学者として何を為すべきか」と題し、大東亜戦争に直面する中で文学者は日本文化の輝きのために責務を果たすべきだと論じる文章を寄稿しました。また、大日本言論報国会のメンバーでもありました。これらの戦時協力と見なされる言動に対しては、戦後、吉本隆明や武井昭夫共著の『文学者の戦争責任』（1956年）などで批判され、暴露本『進歩的文化人』（1957年）では「皇国文学の御用理論家」と評されました。

窪川鶴次郎には、映画監督の窪川健造と、振付家として知られる佐多達枝という子供がいます。彼の主要な著書には、『文学の思考』、『現代文学思潮』、『石川啄木』、『近代短歌史展望』などがあります。多岐にわたる活動と時代の波に翻弄された生涯を送った評論家でした。

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