第1期名人戦 (将棋)

第1期名人戦

第1期名人戦は、1937年度から1938年度にかけて行われた、将棋界における歴史的な棋戦です。この棋戦は、将棋の最高位である「名人」の制度が、300年以上続いた終生制から、実力に基づき一定期間で資格者が交代する短期実力制へと移行したことで誕生しました。

制度改革の背景

将棋界の名人は、初代大橋宗桂以来、一度就位すれば生涯その地位を保持する終生名人制が伝統として確立していました。しかし、1935年、当時の十三世名人であった関根金次郎は、時代の変化を見据え、この制度を改革することを決断します。実力によって名人を決定する短期制度への転換という、将棋界の慣習を覆す英断でした。この改革案は、日本将棋連盟の顧問を務めていた中島富治が立案し、関根名人と密かに話し合いを進めた末に実現したものです。

初代名人選定方法

初代実力制名人を選出するため、詳細な選定方法が定められました。その主な内容は以下の通りです。

選定対象棋士: 全八段棋士が対象となりました。
名人決定特別リーグ戦: 約2年間にわたり、対象棋士による総当たりのリーグ戦を実施します。各対戦相手とは先手・後手それぞれ1局ずつ、合計2局指されました。このリーグ戦の平均得点に55%を乗じた値が、リーグ戦の最終得点となります。
普通戦: 上記リーグ戦の実施期間中に、八段または七段との公式戦（リーグ戦以外）も対象とします。これらの対局の平均得点に45%を乗じた値が、普通戦の最終得点となります。
総合得点と名人候補: 名人決定特別リーグ戦の得点と普通戦の得点を合計し、総合得点として棋士の成績順位を決定します。総合得点の上位2名が名人候補として選ばれます。
決勝対局: 原則として、名人候補となった1位と2位の棋士による六番勝負の決勝対局を行い、その勝者が名人に推薦されます。
決勝対局の免除: ただし、1位と2位の棋士の間で総合得点差が8点を超える場合は、決勝対局は行われず、1位の棋士がそのまま名人に推薦されることになりました。
同率の場合: 決勝六番勝負が3勝3敗の同率となった場合も、総合得点1位の棋士が名人に推薦されるという規定でした。
次期参加資格: 総合得点が40点に達しない棋士、あるいは不可抗力以外の理由で名人決定特別リーグ戦を完了できなかった棋士は、次回の名人決定特別リーグ戦に参加できません。また、得点が30点未満の棋士は、連盟が参加を適当と認める時期までリーグ戦に参加が許されませんでした。

リーグ戦の開始と中断、再開

第1期名人決定特別リーグ戦は、1935年6月16日に行われた花田長太郎八段対金子金五郎八段の一局で幕を開けました。当初の参加者は、土居市太郎、大崎熊雄、金易二郎、木見金治郎、花田長太郎、木村義雄、金子金五郎の八段棋士7名でした。

しかし、リーグ戦の途中の1935年11月、神田辰之助七段の昇段問題を巡る対立が原因で、当時の日本将棋連盟が分裂するという大きな騒動（いわゆる「神田事件」）が発生します。これにより名人決定特別リーグ戦は中断を余儀なくされました。将棋界は混乱しましたが、関根金次郎名人と小菅剣之助八段らの尽力により、1936年6月には「将棋大成会」として再び一本化され、事態は収拾に向かいました。

神田事件の影響で延期されていた名人決定特別リーグ戦は、将棋界再統一後に再開されました。この再開時には、新たに八段に昇段した神田辰之助と萩原淳が加わり、総勢9名の棋士でリーグ戦が続けられることとなりました。

初代名人の決定

初代名人争いは、木村義雄八段と花田長太郎八段が終盤まで僅差でトップを争う展開となりました。名人位の行方は、両者の最終直接対決に委ねられることになります。もしこの最終局で花田が木村に勝利すれば、規定により両者の総合得点差が8点以下となり、改めて六番勝負による決勝対局が行われる予定でした。

注目の最終局は1937年11月に行われましたが、結果は千日手となり無勝負となりました。そのため、同年12月5日・6日に指し直し局が実施されました。この指し直し局で木村義雄が勝利した結果、最終的な両者の総合得点差が8.1点となりました。規定により得点差が8点を超えたため、決勝対局は行われず、木村義雄八段が初代の実力制名人に就位することが決定しました。

最終成績概要

初代名人となった木村義雄八段は、名人決定特別リーグ戦で13勝2敗、普通戦で27勝7敗という素晴らしい成績を収めました。惜しくも名人位を逃し2位となった花田長太郎八段も、リーグ戦では木村義雄と同じ13勝2敗でしたが、普通戦での成績が12勝8敗と差がついた結果となりました。

得点計算の詳細

名人決定特別リーグ戦では、勝利すると素点120点、敗北すると素点20点が加算されました。普通戦では、平手はリーグ戦と同様の素点ですが、香落戦では上手勝ち140点、下手勝ち100点、上手負け40点、下手負け0点と規定されていました。また、持将棋の場合は指し直しを行わず、平手同段の対局では70点、一段差の対局では上手60点、下手80点の素点が加算されることになっていました。

もう一度検索