神田辰之助

神田 辰之助

将棋棋士の神田辰之助（かんだ たつのすけ、1893年2月22日 - 1943年9月6日）は、晩年に九段を追贈された人物です。現在の神戸市にあたる兵庫県武庫郡本庄村で生まれ、棋士である神田鎮雄は彼の次男にあたります。

生涯

幼少期から将棋への傾倒

神田は神田茂太郎の三男として生を受けましたが、五歳の時に将棋を指していた父と死別し、以降は青物商を営む伯父のもとで育ちました。伯父の家業を手伝う傍ら、街角で行われる将棋の対局を見かけると、仕事そっちのけで熱心に見入ることもあったといいます。一時期は将棋よりも浪花節の世界に強く惹かれ、一座の一員として旅をすることもありましたが、十七歳頃からは再び将棋に深く没頭し始め、盤駒のことばかり考える日々を送るようになります。

大阪での修行と一時中断

将棋の実力が三段程度に達していた1915年、二十三歳になった神田は養家を離れ、大阪の伶人町に居を構える坂田三吉のもとに身を寄せました。大阪朝日新聞が主催する棋戦に出場して連勝を重ね、二年後には四段、さらに数ヶ月後には五段へと昇段します。しかし、1918年、二十六歳で将棋の道を一時断念し、養家へ戻って郵便配達夫として生計を立てることとなりました。

棋士への復帰と躍進

1922年、三十歳で母を亡くした神田は、親族や同僚からの反対を押し切って、大阪伏見町の木見金治郎に弟子入りし、棋士として再出発を切ります。翌1923年には三十二歳で六段に昇段し、全六段による優勝戦で二位に入るなど、人気棋士としての地位を確立しました。1926年には木見のもとを離れ、坂田の「関西将棋研究会」に活動拠点を移します。この頃から、大阪朝日新聞では次代の関西将棋界を担う存在として注目されるようになり、1928年8月には七段へと昇段を果たしました。

十一日会と棋界分裂事件

1933年9月、大阪朝日新聞が坂田三吉との嘱託契約を解除したことを受け、神田は新たに神田を盟主とする「十一日会」を9月11日に組織しました。1934年7月には大阪朝日主催で「神田対オール七段戦」が行われますが、神田は三勝四敗と負け越します。翌1935年6月からは「神田対全七、八段戦」が開催され、神田は十勝四敗という好成績（採点92点8分強）を収めました。この対局には、九十点以上を獲得すれば八段昇段を認めるという東京の将棋連盟との非公式な合意があったとされますが、東京側は先のオール七段戦での負け越しを理由に神田の昇段に難色を示しました。この問題がこじれた結果、将棋連盟内部で幹部への不信感が募り、神田を支持する動きが表面化します。

初の本格的な実力制名人を選出する全八段による特別リーグ戦（第1期名人戦）が始まった1935年11月21日、自身の八段昇段と名人戦への参加権を巡る対立から、神田はこれを支持して将棋連盟を脱退した花田長太郎、金子金五郎両八段らとともに「革新協会」を設立し、将棋界は二つに分裂する事態となりました（神田事件）。革新協会は「棋界革新」を掲げましたが、この騒動は実質的には、大阪朝日新聞と毎日新聞という二大新聞社による代理戦争の側面も指摘されています。その後、1936年6月29日に和解が成立し、「将棋大成会」が新たに発足して棋界の分裂は解消されました。この和解に伴い神田の八段昇段は正式に追認され、第1期名人戦への参加が認められました。その後、神田は将棋大成会の大阪支部長を務めています。

名人戦挑戦と晩年

1942年に開催された第3期名人戦で、神田は挑戦者となります。しかし、この頃には既に病が彼の体を蝕んでいました。同年7月11日から8月24日にかけて、木村義雄名人と名人位をかけて戦いますが、四連敗を喫します。対局後は病気療養のため、公式戦に出場することはありませんでした。そして1943年9月6日、五十一歳でその生涯を閉じました。

没後

神田の死から二十年以上経った1964年11月3日、日本将棋連盟は文化の日に合わせ、大崎熊雄とともに神田に九段を追贈しました。

人物

神田辰之助の人物像については、親分肌であったという評価と、利己的な面があったという評価の両方が存在します。しかし、将棋に対する情熱の深さは誰もが認めるところであり、木村義雄からは「闘将」と評されました。また、藤沢桓夫の著作には、将棋だけでなく、撞球、麻雀、花札など、様々な勝負事においても強かったと記されています。

門弟

神田は、日本将棋連盟の棋士系統図において、その祖の一人として数えられています。特に西日本出身の棋士を数多く育成し、以降の世代の棋界にも影響を与えました。直接の弟子や孫弟子からは、タイトル獲得経験のある桐山清澄や、その弟子でやはりタイトル経験者の豊島将之といった実力者が輩出されています。また、神田の次男である神田鎮雄も灘蓮照に師事してプロ棋士となり、系統上は孫弟子にあたります。

著作

『昇段熱血棋集』（1938年、朝日新聞社）
『将棋力戦法』（1941年、博文館）

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