等々力孫一郎

等々力孫一郎：安曇野を潤した治水の先覚者

等々力孫一郎は、1761年、信濃国安曇郡（現在の長野県安曇野市）に生まれました。本姓は中田で、代々庄屋を務める家系に育ちました。幼い頃から地元の農業に携わり、豊かな水資源の必要性を痛感した孫一郎は、飛騨山脈東麓に広がる安曇野の開発に情熱を注ぎます。

当時、安曇野の烏川扇状地は、水不足に悩まされる地域でした。その課題解決のため、孫一郎は画期的な計画を立案します。それは、奈良井川と梓川の水を巧みに利用し、烏川扇状地へ導水する大規模な灌漑用水路の建設でした。

計画実現のため、孫一郎はまず徹底的な調査に着手します。京阪地方の水利事業を視察し、奈良井川と梓川の水量を詳細に調べ上げました。さらに、等高線を用いた緻密な測量を行い、奈良井川から取水し、梓川の河床下を暗渠として用水路を通すことで、標高の高い烏川扇状地への通水が可能であることを突き止めました。

文化9年（1812年）、孫一郎は周辺10ヶ村を巻き込み、「拾ヶ堰」と呼ばれる用水路建設の計画を立案。周囲の理解と協力を得るため、孫一郎は幾度となく村々を回り、計画の必要性と実現可能性を丁寧に説明しました。その熱意に動かされ、多くの村人がこの計画に参加しました。

文化13年（1816年）、ついに工事命令が下りました。孫一郎は、総務として事業全体を統括し、綿密な計画と卓越した指導力によって、難工事の数々を克服していきます。そして、関係者一同の努力によって、拾ヶ堰は見事に完成しました。

拾ヶ堰の完成により、安曇野の烏川扇状地には、かつてない豊かな水が供給されるようになりました。これにより、約600ヘクタールもの新田開発が成功し、安曇野の農業生産力は飛躍的に向上しました。この偉業は、孫一郎の類まれな技術力と、人々を動かすリーダーシップによって成し遂げられたものでした。

孫一郎の功績は、後世に伝えられました。没後の天保8年（1837年）、狩野梅玄によって肖像画が描かれ、高島章貞が漢詩を添えました。さらに、大正7年（1918年）には、政府から従五位が追贈されています。

等々力孫一郎の生涯は、困難な課題に果敢に挑戦し、綿密な計画と人々の協力を得て、不可能を可能にした、偉大な治水家、新田開発者の物語です。彼の功績は、安曇野の豊かな自然と人々の暮らしを支え続け、現代においても、その偉大さが広く認識されています。安曇野を訪れる際には、彼の足跡を辿り、その偉業に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

参考文献

「南安曇郡誌 第2編下巻」
「信州人物誌」　信州人物誌刊行会 1969年
「郷土歴史人物事典 長野」 第一法規 1978年
農山漁村文化協会編 「全国の伝承 江戸時代 人づくり風土記 ふるさとの人と知恵 20巻」1988年
長野県拾ヶ堰土地改良区編 「安曇野の拾ヶ堰ガイドブック」2007年
「安曇野の美術」安曇野市教育委員会、2021年3月

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