細長
細長（ほそなが）は、日本の歴史、特に平安時代において、複数の異なる種類の衣類を指す呼称として用いられました。大きく分けて、子どもの産着、平安時代中期の女性が着用したとされる装束、そして10世紀頃の成人男性の下衣などが知られています。また、時代が下ると、殿上童の袍を「細長袍」と呼ぶ例も見られるなど、この言葉は一義的ではありません。
平安時代の文学作品には、高位の女性が着用する装束として「細長」がしばしば登場します。一般的には若い女性の着物と解釈されることが多いものの、文学上の記述には30歳を過ぎた女性が着用している例も見られ、その定義には曖昧さが伴います。また、贈答品としても頻繁に用いられていた記録があります。
しかし、鎌倉時代に入る頃から「細長」は次第に着用されなくなり、やがて廃絶に至ります。戦国時代には公家社会が大きく変容し、この装束の実態はほとんど不明となってしまいました。鎌倉時代後期の文献には、女性用の細長と産着の細長について別々に説明するものがある一方、同時代の源氏物語研究者たちの間ではすでに両者が混同されている例も見られます。これは、装束に関する知識や伝承が失われつつあった状況を示唆しています。
江戸時代になり、有職故実の研究が盛んになると、「細長」も再び注目されるようになります。特に、公家の女子が「袴着の儀式」の際に着用する礼装として復活しました。この時に復興された「細長」は、袿（うちき）に似た形状でありながら、おくみがなく、脇が縫われているという特徴を持っていました。現代においても、皇室において内親王や女王が「袴着の儀式」を行う際に、この形式の「細長」が着用されています。ただし、現在用いられるのは未成年の皇族女子の儀式装束としての女性用細長に限られ、男子の下衣としての「細長」や、本来の意味での産着としての「細長」は使用されていません。
平安時代の女性用細長の具体的な形態については、史料が極めて少なく、現在でも「謎の装束」とされています。平安後期の装束解説書には「例の衣のあげ首なきなり」と記されていることから、束帯のような詰め襟ではなく、一般的な着物の襟（垂頚）であった可能性が推測される程度です。構造についても様々な説が唱えられています。
さらに極端な説としては、実際には着用されず、贈答品としてのみ存在した衣料であるとする見解まで存在します。しかし、『源氏物語』のような文学作品に具体的な着用場面が描写されていることから、成人女性が袿や裳など他の装束と重ねて実際に着用していたと考えるのが自然でしょう。かつて『源氏物語絵巻』に描かれた女性の装束が「細長」とされたこともありましたが、近年の調査により袿姿であることが明らかになっています。また、汗衫に似ているとする説も、絵巻物の誤認から生じた可能性が指摘されています。
近世に復活した女性用細長は、主に高貴な皇女の幼少時の礼装として用いられました。その形式は、前述の通り袿に似ておくみがなく、脇は縫われた仕立てであり、小袿と同様に中倍（なかべ）という裏地を重ねるのが一般的でした。現存する例として、光格天皇の皇女や有栖川宮家伝来の細長があり、それぞれ細身で丈が長い特徴が見られますが、丈に違いがあることから、皇室と世襲親王家とで仕様に区別があったと考えられています。
近世の童女用の細長は、濃い色の単（ひとえ）を重ね、濃い色の袴を着用しました。成人用より小型の幸菱（こうびし）の生地が用いられたり、山科流では特定の色の組み合わせ（松重：まつがさね）の浮織物などが調進された記録があります。近代以降もこの形式が踏襲されていますが、生地の色柄の自由度は増しています。昭和天皇の皇女や、戦後の紀宮清子内親王、眞子内親王、敬宮愛子内親王の「袴着の儀式」で着用された細長は、それぞれ異なる色や地紋、上紋が用いられています。
産着としての「細長」は、鎌倉時代初期の『紫式部日記絵巻』に描写が見られます。これによると、端袖がなく、脇が縫われていないため前後の身頃の裾が帯状に見える特徴があったようです。文献では『園太暦（えんたいりゃく）』に詳細な記録があり、近世に徳川将軍家へ下賜された産着細長はこれを参考に作られました。
一方、応永6年（1399年）の高倉家伝来の秘伝書『装束寸法深秘抄（しょうぞくすんぽうしんぴしょう）』には、図とともに寸法が記されています。この記録によれば、襟は盤領（まるえり）で、背面に「肩のひらひら」と呼ばれる小さな布片が付けられており、そこから背守り縫いが施されていました。襟元の紐は、長い紐を二つ折りにした中央で蜻蛉結びを作り、両端を長く垂らして蜷結び（になむすび）を施し、さらに蜷結びの上には鶴と松の刺繍が施されていました。また、脇は縫われていたとされます。生地の色は自由でしたが、蜷紐は白に限るとされていました。
近世の産着細長は、白い亀甲文の綾織物で作られ、狩衣（かりぎぬ）のような背縫いのない一身（ひつおみ）の形状でした。襟は盤領ですが蜻蛉結びはなく、水干（すいかん）のように長い紐を襟の背中心と上前（うわまえ）の端に付けて垂らしました。この紐は左右に撚った紐を2本ずつ使い、女性の檜扇（ひおうぎ）の紐のように蜷結びにして長く下げる特徴があります。脇は縫われておらず（欠腋）、丈は長い仕立てでした。水干に似ていますが、袖が一幅で端袖がない点が異なります。下には白い小繁菱（こじまりびし）の綾の単を重ねました。
徳川将軍家への下賜品は通常、山科家が『園太暦』の記事を参考に調進しましたが、文政年間（1818年-1830年）には高倉家が『寸法深秘抄』に基づいて、従来とは異なる仕様で調進した例もあります。山科家が白い亀甲文綾に限定したのに対し、高倉家調進では萌黄葵立涌文に紅平絹の裏地を用い、白い蜷結びの上には花結びで表現した松と鶴の刺繍を施しました。これは、『園太暦』と『寸法深秘抄』が記す装束が類似のものでありながら、記録者の視点の違いから記述に差が生じ、結果的に異なる復元案が生じた可能性を示唆しています。なお、産着としての「細長」については、男女による形態の差はなかったようです。
このように、「細長」は時代や用途によって多様な意味と形態を持つ、複雑な様相を呈した和服の呼称であったと言えます。
歴史的変遷
平安時代の文学作品には、高位の女性が着用する装束として「細長」がしばしば登場します。一般的には若い女性の着物と解釈されることが多いものの、文学上の記述には30歳を過ぎた女性が着用している例も見られ、その定義には曖昧さが伴います。また、贈答品としても頻繁に用いられていた記録があります。
しかし、鎌倉時代に入る頃から「細長」は次第に着用されなくなり、やがて廃絶に至ります。戦国時代には公家社会が大きく変容し、この装束の実態はほとんど不明となってしまいました。鎌倉時代後期の文献には、女性用の細長と産着の細長について別々に説明するものがある一方、同時代の源氏物語研究者たちの間ではすでに両者が混同されている例も見られます。これは、装束に関する知識や伝承が失われつつあった状況を示唆しています。
江戸時代になり、有職故実の研究が盛んになると、「細長」も再び注目されるようになります。特に、公家の女子が「袴着の儀式」の際に着用する礼装として復活しました。この時に復興された「細長」は、袿（うちき）に似た形状でありながら、おくみがなく、脇が縫われているという特徴を持っていました。現代においても、皇室において内親王や女王が「袴着の儀式」を行う際に、この形式の「細長」が着用されています。ただし、現在用いられるのは未成年の皇族女子の儀式装束としての女性用細長に限られ、男子の下衣としての「細長」や、本来の意味での産着としての「細長」は使用されていません。
形態
平安時代の女性用細長
平安時代の女性用細長の具体的な形態については、史料が極めて少なく、現在でも「謎の装束」とされています。平安後期の装束解説書には「例の衣のあげ首なきなり」と記されていることから、束帯のような詰め襟ではなく、一般的な着物の襟（垂頚）であった可能性が推測される程度です。構造についても様々な説が唱えられています。
さらに極端な説としては、実際には着用されず、贈答品としてのみ存在した衣料であるとする見解まで存在します。しかし、『源氏物語』のような文学作品に具体的な着用場面が描写されていることから、成人女性が袿や裳など他の装束と重ねて実際に着用していたと考えるのが自然でしょう。かつて『源氏物語絵巻』に描かれた女性の装束が「細長」とされたこともありましたが、近年の調査により袿姿であることが明らかになっています。また、汗衫に似ているとする説も、絵巻物の誤認から生じた可能性が指摘されています。
江戸時代以降の女性用細長
近世に復活した女性用細長は、主に高貴な皇女の幼少時の礼装として用いられました。その形式は、前述の通り袿に似ておくみがなく、脇は縫われた仕立てであり、小袿と同様に中倍（なかべ）という裏地を重ねるのが一般的でした。現存する例として、光格天皇の皇女や有栖川宮家伝来の細長があり、それぞれ細身で丈が長い特徴が見られますが、丈に違いがあることから、皇室と世襲親王家とで仕様に区別があったと考えられています。
近世の童女用の細長は、濃い色の単（ひとえ）を重ね、濃い色の袴を着用しました。成人用より小型の幸菱（こうびし）の生地が用いられたり、山科流では特定の色の組み合わせ（松重：まつがさね）の浮織物などが調進された記録があります。近代以降もこの形式が踏襲されていますが、生地の色柄の自由度は増しています。昭和天皇の皇女や、戦後の紀宮清子内親王、眞子内親王、敬宮愛子内親王の「袴着の儀式」で着用された細長は、それぞれ異なる色や地紋、上紋が用いられています。
産着細長
産着としての「細長」は、鎌倉時代初期の『紫式部日記絵巻』に描写が見られます。これによると、端袖がなく、脇が縫われていないため前後の身頃の裾が帯状に見える特徴があったようです。文献では『園太暦（えんたいりゃく）』に詳細な記録があり、近世に徳川将軍家へ下賜された産着細長はこれを参考に作られました。
一方、応永6年（1399年）の高倉家伝来の秘伝書『装束寸法深秘抄（しょうぞくすんぽうしんぴしょう）』には、図とともに寸法が記されています。この記録によれば、襟は盤領（まるえり）で、背面に「肩のひらひら」と呼ばれる小さな布片が付けられており、そこから背守り縫いが施されていました。襟元の紐は、長い紐を二つ折りにした中央で蜻蛉結びを作り、両端を長く垂らして蜷結び（になむすび）を施し、さらに蜷結びの上には鶴と松の刺繍が施されていました。また、脇は縫われていたとされます。生地の色は自由でしたが、蜷紐は白に限るとされていました。
近世の産着細長は、白い亀甲文の綾織物で作られ、狩衣（かりぎぬ）のような背縫いのない一身（ひつおみ）の形状でした。襟は盤領ですが蜻蛉結びはなく、水干（すいかん）のように長い紐を襟の背中心と上前（うわまえ）の端に付けて垂らしました。この紐は左右に撚った紐を2本ずつ使い、女性の檜扇（ひおうぎ）の紐のように蜷結びにして長く下げる特徴があります。脇は縫われておらず（欠腋）、丈は長い仕立てでした。水干に似ていますが、袖が一幅で端袖がない点が異なります。下には白い小繁菱（こじまりびし）の綾の単を重ねました。
徳川将軍家への下賜品は通常、山科家が『園太暦』の記事を参考に調進しましたが、文政年間（1818年-1830年）には高倉家が『寸法深秘抄』に基づいて、従来とは異なる仕様で調進した例もあります。山科家が白い亀甲文綾に限定したのに対し、高倉家調進では萌黄葵立涌文に紅平絹の裏地を用い、白い蜷結びの上には花結びで表現した松と鶴の刺繍を施しました。これは、『園太暦』と『寸法深秘抄』が記す装束が類似のものでありながら、記録者の視点の違いから記述に差が生じ、結果的に異なる復元案が生じた可能性を示唆しています。なお、産着としての「細長」については、男女による形態の差はなかったようです。
このように、「細長」は時代や用途によって多様な意味と形態を持つ、複雑な様相を呈した和服の呼称であったと言えます。
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