網引金村

網引金村（あびき の かなむら）について

網引金村は、生没年不詳の奈良時代の人物で、姓は公（きみ）です。現在の広島県福山市新市町にあたる備後国葦田郡の出身とされています。

生涯と功績

『続日本紀』によると、金村は8歳で父を亡くし、その悲しみに深く沈み、痩せ細ってしまったと記されています。その後、母を慕う気持ちはますます強くなり、その孝行心は並外れていたようです。神護景雲2年（768年）2月17日、称徳天皇はその孝行ぶりを褒め称え、金村に位階二位を授け、終身にわたり田租を免除する恩典を与えました。これは、当時の社会において、親への孝行が非常に重視されていたことを示す出来事と言えるでしょう。

伝説

福山地方の郷土史誌『福山志料』などには、金村に関する伝説が紹介されています。それによると、金村は幼少の頃から孝心が深く、親孝行に励み、その行いは全く非の打ちどころがなかったとされています。その孝行が称えられ、30町もの田を賜り、家は栄えたと伝えられています。また、金村の屋敷跡は、現在の新市町新市地区の大平山の西側山下の糟山という丘にあり、その場所は「長者屋敷」という地名で呼ばれるようになったとされています。さらに、金村が貧しかった頃、山に木を切りに行った際に泉を発見し、その水を父母に与えたところ、それは美酒であったという口碑も残っています。これらの伝説は、金村の孝行心を象徴的に語り継ぐものです。

異説

江戸時代後期の学者、小寺清之は、著書『備後略記』の中で、金村の居所は通説の新市村ではなく、金丸村（現在の福山市新市町金丸地区）であると主張しています。その主な根拠として以下の点を挙げています。

『続日本紀』に「備後国葦田郡」とあるため、葦田郡に居住していたことは確実であり、他の郡に居所を求めるのは誤りである。
葦田郡に「金丸（カネマル）」という村があり、新市村に隣接する宮内村に続いている。金村が居住していたからこそ、その名前が地名に転じたのではないか。
金丸村の村長、馬屋原九郎右衛門の家で話を聞いた際、古くから「金丸畑」という畑があり、そこが金村の居住地であったことの証拠である。
新市村は品治郡であり、郡が異なる。また、当時は海中であり、人が居住できる場所ではなかったはずである。
もし、新市村が当時葦田郡だったとすると、宮内村が品治郡の飛び地ということになる。また、『延喜式神名帳』が宮内村にある多理比理神社を「品治郡一座」と記していることは、新市村・宮内村が葦田郡だったという説を説明できない。

これらの論拠から、小寺清之は金村の居住地を金丸村であると主張しました。

氏姓について

網引公という氏姓は、「網を張って漁獲を業とする民」の長たる地方豪族のもので、全国各地に分布しています。そのうち、葦田郡に移住した氏族もいたと考えられています。網引氏は、漁業を基盤とする地域社会を統率する豪族であったことが伺えます。

評価

郷土史家の村上正名は、江戸時代中期以降、備後福山藩では頻発する百姓一揆の対策として、朱子学的な発想から孝子・節婦の顕彰を行い、人身安定を図る政策が取られたと指摘しています。その背景の中で、金村の業績が誇張されていった可能性も指摘しています。これは、歴史的な人物の評価が、時代や社会状況によって変化することを示す例と言えるでしょう。

史跡

網引金村を顕彰する史跡として、以下のものがあります。

網引公碑・至孝堂跡：1837年（天保8年）、宮内村の庄屋であった林吉助が、金村の徳を偲び、故跡である神谷川の川岸に顕彰碑を建立しました。また、私塾「至孝堂」を設け、福山藩の儒学者である衣川閑斎を招いて庶民に道徳を教えました。ただし、塾舎は老朽化により取り壊されています。

まとめ

網引金村は、奈良時代に孝行を称えられた人物であり、その生涯や伝説は地域社会に深く根付いています。彼の功績は、郷土史や伝説を通して語り継がれ、今日に至るまで人々に感銘を与えています。また、彼の存在は、歴史的な人物の評価が時代や社会状況によって変化する可能性を示す一例でもあります。

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