編布

アンギン（編布）とは

アンギン（編布）は、縄文時代から日本に存在したとされる、自然植物の繊維を材料とした編み物です。主に農耕民らの仕事着や日用品として、大正時代から昭和時代初期まで活用されました。一般的な編み物と区別するため、カタカナで「アンギン」と表記されることが一般的です。

アンギンの名称と定義

考古学の分野では、縄文時代の布を指す呼称として伊東信雄によって「アンギン」と名付けられました。「あみぎぬ」が変化したと考えられています。

新潟県では、自然植物の繊維を編んで作られた布を広く「アンギン」と呼びます。これらは、袖なしの上衣、前掛け、袋などに加工され、昭和初期まで生活の中で使われていました。地域によって呼称が異なり、新潟県中魚沼郡津南町樽田では袖なしの上衣を「アンギン」と呼びましたが、新潟県東頸城郡松代町（現・十日町市）では「マギン」と呼んでいました。

アンギンの歴史

通史

明治時代に機械生産による糸や布が普及する以前は、草や木の皮から繊維を取り出し、糸として編んだり織ったりして布を作っていました。材料には、大麻、苧麻、イラクサ、アカソ、藤、楮、科、オヒョウ、葛、芭蕉などが用いられました。

アンギンの最古の例としては、福井県鳥浜貝塚（約6,000年前）から発見されたものが挙げられます。青森県の三内丸山遺跡や山形県の押出遺跡からも同様の出土例があります。高温多湿な日本の気候に適した通気性の良い衣服として、アンギンは重宝されました。

20世紀半ばには、アンギンは織り布以前の技術と定義されましたが、縄文時代には織り布も存在していたことが近年の研究で明らかになっています。

古代

土器に残された編み物の痕跡は、1879年に大森貝塚で初めて発見されました。坪井正五郎は、縄文期の編み布を7種類に分類し、その分類法は現代でも広く用いられています。

土器の圧痕例は九州地方に多く、「蓆目圧痕」と呼ばれています。また、北海道恵庭市のカリンバ3遺跡からは、墓穴から埋葬者の服であった可能性が指摘される例も発見されています。

中世・近世

新潟県で「マギン」と呼ばれるアンギンは、「馬衣」として馬の鞍の下に敷く布として用いられました。馬衣は中世の文献にも登場し、『天狗草紙』には一揆衆の装束として描かれています。

近世には、上杉謙信が鎧の下にアンギンを着ていたという伝承も残っています。

近代

江戸から明治期にかけて作られたアンギンの袋製品には、藍で染色されたものや、紙糸を使ったものもありました。アンギンの技法と製品は、信濃川流域の新潟県妻有地方で明治時代まで作られ、使われていました。1953年に岩田重信によってアンギンの製法の研究や復元が試みられました。

国の重要有形民俗文化財「秋山郷及び周辺地域の山村生産用具」に指定された編布は、津南町歴史民俗博物館に展示されています。十日町市博物館では、復元された縄文衣服「越後アンギン」を見ることができます。

アンギンの技法

坪井正五郎は、土器に残された網代圧痕から、編み方を7種類に分類しました。最も普及していたのは、「2本超・2本潜り・1本送り」の編み技法で、これは「綾編み」と呼ばれます。

現代のアンギンの編み方は、経糸2本を交差させて緯糸を挟み込む絡み編み（もじり編み）です。これは簾の子や俵に使われる技法と同じです。出土例としては、北海道朱円遺跡や宮城県山王遺跡のものがあります。

広島県尾道の西郷寺に伝わる阿弥衣は、越後アンギンよりも緯糸の間隔を広くすることで柔軟性を持たせています。

アンギンの素材

新潟県では、アンギンの糸の材料として、イラクサ科の植物（カラムシ、アカソ、イラクサ）などが主に用いられます。現存するアンギンからは、袖なしの上衣にはアカソ、馬衣には大麻、袋には苧麻や紙糸が使われていることが確認されています。

アンギンの用途

アンギンは、縄文時代の衣服として用いられていました。愛媛県の上黒岩岩陰遺跡から出土した礫石には、草を編んだスカートのようなものが描かれています。縄文時代早期には編み物による衣服が着用されていたと考えられ、土器の痕跡や麻のアンギンの切れ端が出土しています。

土偶の意匠から衣服を推測する研究もありますが、織物の普及により、土偶の意匠がアンギンであるとは断定できません。

漆の精製に用いられた縄文編布

アンギンは「漆こし」にも用いられており、秋田県中山遺跡や石川県米泉遺跡から出土例があります。また、北海道カリンバ3遺跡からは、漆塗りの下地作業に使われたとみられる痕跡が見つかっています。

越後アンギンの発見

信濃川流域では、新潟県の東頸城郡、中魚沼郡、北魚沼郡、南魚沼郡でのみ、近代までアンギンが使用されていました。この地域のアンギンは、経糸に丈夫な素材、緯糸に柔軟性のある素材を用いる工夫がされていました。

1906年、新潟新聞の記者であった小林存は、『秋山記行』に紹介された「網衣」に関心を持ち、アンギンの研究を始めました。1953年には、アンギンの残欠や完全な状態のアンギンを発見し、その製法を研究しました。

新潟県最初のアンギン発見地となった津南町には、「農と縄文の体験実習館なじょもん」が開館し、アンギンの文化や歴史に親しむことができます。

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