羽田運動場

羽田運動場：羽田空港建設以前のスポーツとレジャーの中心地

東京都大田区羽田空港の敷地、かつては羽田運動場という総合運動場が存在していました。野球場、テニスコート、陸上競技トラックに加え、遊園地も併設された、当時としては非常に充実したレジャー施設でした。この運動場は、京浜電気鉄道（現在の京浜急行電鉄）によって運営されており、後の宝塚球場や阪神甲子園球場といった鉄道会社経営の運動場の先駆けとなったと言えるでしょう。最寄駅は京浜電鉄穴守線（現・京急空港線）の穴守駅でした。

意外な発足の経緯：文豪と鉄道マンの夢

1909年、京浜電気鉄道が所有する土地1万坪（約3.3ヘクタール）を利用して羽田運動場は誕生しました。建設のきっかけは、熱心な野球ファンだった小説家・押川春浪氏が、友人である京浜電鉄の電気課長・中沢臨川氏に、一般向けの公共運動場建設を提案したことにあります。中沢氏は社内を説得し、私財を投じてこの計画を実現しました。

完成した羽田球場は、左右両翼に数千人を収容できる木造スタンドとクラブハウスを備え、当時としては国内屈指の設備を誇っていました。プロ野球はまだ存在していませんでしたが、早稲田大学などの大学野球部や、押川氏と中沢氏が所属していたアマチュア野球チーム「天狗倶楽部」などが盛んに試合を行いました。海浜地帯にあったためグラウンドの質は決して良くなく、慶應義塾大学野球部の試合中にシャコが現れたという逸話も残っています。

オリンピック予選会開催とレジャー施設としての発展

1911年には、翌年に予定されていたストックホルムオリンピックの陸上競技予選会開催のため、自転車練習場だった場所を400mトラックと競技場に改修しました。これは大日本体育協会の大森兵蔵総務理事の働きかけによるものでしたが、競技会はその後行われず、約束は反故にされました。予選会では、陸上短距離の三島弥彦とマラソンの金栗四三が代表に選ばれました。

その後、羽田運動場は海水浴場や遊園地も整備され、スポーツとレジャーを兼ね備えた総合施設として発展を続けました。しかし、1917年の高潮災害により甚大な被害を受けます。赤字経営やオリンピック予選会後の約束反故などの問題もあり、再建は実現しませんでした。スタンドなどの設備は流出しましたが、野球場としての機能は維持され、実業団野球の試合などは引き続き行われていたようです。

陸上競技場の詳細

羽田運動場の陸上競技場は、海浜沿いの自転車練習場を改修して作られました。大日本体育協会の資金不足を補う形で京浜電鉄が建設を担当しました。400mトラックは、直走路と半円形の曲走路を組み合わせた類楕円形。走路幅は約9m、半円部は欧米の方式を参考に外側が高く内側が低い傾斜が設けられていました。路面は粘土と砂を混ぜ、にがりをまいたもので、スパイクシューズにも対応できる硬さでした。しかし、ストックホルムオリンピック予選会当日には雨が降り、路面状況が悪かったことから、選手たちの記録は振るわなかったと言われています。予選会では100mのみセパレートコースを使用し、それ以外の種目はオープンレーンでした。

消滅とその後

1938年、羽田飛行場の拡張のため、羽田運動場は完全に姿を消しました。しかし、その歴史は、日本のスポーツ黎明期における重要な一端を担っており、多くの関係者の記憶に刻まれたまま、現在も語り継がれています。 羽田運動場の存在は、近代スポーツの普及と発展、そして羽田地域の変遷を理解する上で、欠かせない要素と言えるでしょう。

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