聖ゲオルギオスと竜

聖ゲオルギオスと竜の伝説

聖ゲオルギオスと竜の伝説は、キリスト教の聖人である聖ゲオルギオスが、邪悪な竜を退治する物語です。この伝説は、11世紀から12世紀にかけて広まり、聖ゲオルギオスを象徴する最も有名な逸話の一つとなっています。物語の舞台は当初カッパドキアでしたが、後にリビアのシレーネに移されました。この伝説は、キリスト教以前の神話や伝説に起源を持つと考えられ、他の聖人伝でも同様の竜退治の物語が見られます。

起源

聖ゲオルギオスと竜の物語は、キリスト教以前の神話にそのルーツを辿ることができます。騎乗した軍の聖人像は、ローマ時代の「トラキアの騎士」像の延長上にあり、竜の図像は「生命の木」に絡みつく蛇や、ローマ騎兵の軍旗に由来すると考えられています。蛇やイノシシを槍で突く騎手の図像は、ローマ時代の石碑に広く見られます。また、9世紀から10世紀にかけて、アマシアの聖テオドロスの伝説として語られていた竜退治の物語が、11世紀になって聖ゲオルギオスに移行したという説もあります。

キリスト教化された図像

5世紀後半には、蛇を踏みつける「好戦的なキリスト」の描写が登場し、中世初期には槍を持つ騎士の図像が確立されました。7世紀には聖テオドロスが竜を殺す図像が登場し、9世紀後半には聖テオドロスがエウカイタ近郊で竜を殺したという伝説も生まれました。しかし、10世紀には聖ゲオルギオスは竜ではなく人間を殺す姿で描かれており、初期の竜殺しの図像が聖ゲオルギオスを描いたものである可能性は低いとされています。聖テオドロスの最も古い騎士像は、6世紀または7世紀の北マケドニアのヴィニカで発見され、ここではドラゴンを倒すのではなく、ドラコの軍旗を持っている姿が描かれています。また、ヴィニカのイコンには、犬頭人の聖クリストフォロスのそばに立つ、蛇を踏みつける聖ゲオルギオスの最古の描写も見られます。西方では、9世紀のカロリング朝時代に、2人の兵士の聖人の間で、ドラゴンを踏みつけて刺し貫くローマ騎士の像が描かれました。カッパドキアの岩窟教会には、10世紀のフレスコ画で、1つ、2つ、または3つの頭を持つ蛇と対峙する騎乗した聖人が描かれており、聖ゲオルギオスが竜と戦う最古の図像もカッパドキアに存在します。

黄金伝説

ヤコブス・デ・ウォラギネの『黄金伝説』では、リビアのシレーネを舞台に、竜に苦しめられる人々と、生贄として捧げられる王女の物語が描かれています。聖ゲオルギオスは、王女を救うために竜と戦い、最終的に竜を打ち倒します。聖ゲオルギオスは、竜を退治する代わりに、キリスト教に改宗することを人々に求めました。人々が改宗すると、竜は聖ゲオルギオスの手によって殺され、その場所に教会が建てられたと伝えられています。この『黄金伝説』の物語は、西ヨーロッパで受け入れられた聖ゲオルギオスと竜の物語の主要な情報源となり、イングランドの守護聖人としての聖ジョージの信仰にも繋がっています。なお、『黄金伝説』に登場する王女の名前は無名ですが、後の文学作品では「サブラ」という名前が与えられています。

図像学

中世の図像では、聖ゲオルギオスはローマ騎兵のスタイルで描かれています。図像には、聖ゲオルギオスと竜のみを示す「簡潔な」形式と、見物人や王女、城壁などを含む「詳細な」形式の2つのタイプがあります。「簡潔な」形式は10世紀から11世紀のカッパドキアに由来し、「詳細な」形式の最も初期の例はグルジアで見られます。ロシアでは、聖ゲオルギウスは主に白い馬に乗る姿で描かれており、王女は通常含まれていません。西ヨーロッパでは、13世紀後半に竜を倒す騎士としての聖ゲオルギウスのモチーフが登場し、14世紀には赤白の聖ゲオルギウス十字の紋章が発展しました。

ルネサンス期の美術

ルネサンス期には、ドナテッロ、パオロ・ウッチェロ、ジョヴァンニ・ベッリーニ、アルブレヒト・デューラー、ラファエロ・サンツィオなど、多くの画家や彫刻家が聖ゲオルギオスと竜を題材とした作品を制作しました。これらの作品は、中世の図像学を踏襲しつつ、ルネサンス期の美術様式を取り入れた、力強く美しいものとなっています。

近世および現代美術

近世以降も、ピーテル・パウル・ルーベンス、サルヴァトル・ローザ、エドワード・バーン＝ジョーンズ、ギュスターヴ・モローなど、多くの芸術家が聖ゲオルギオスと竜を題材に作品を制作し続けました。彫刻やモザイク、エングレーヴィングなど、様々な媒体で表現されており、現代においてもこの伝説は芸術のインスピレーション源となっています。また、イギリスでは、聖ゲオルギウスが紙幣のデザインにも採用されています。

文学

エドマンド・スペンサーの『妖精の女王』、ウィリアム・シェイクスピアの戯曲など、文学作品にも聖ゲオルギオスと竜の伝説が登場します。また、17世紀のブロードサイド・バラッドや、現代の児童書、小説など、様々なジャンルでこの伝説は語り継がれています。エドワード・エルガーの『聖ジョージの旗』のような音楽作品も存在します。

紋章学

聖ゲオルギオスと竜は、多くの都市や地方の紋章にも用いられています。イタリアのレッジョ・ディ・カラブリア、モスクワ、ジョージアの国章などに描かれており、勇気や正義の象徴として親しまれています。

まとめ

聖ゲオルギオスと竜の伝説は、その起源を古代に持ち、キリスト教文化の中で重要な位置を占めてきました。様々な芸術や文学作品で描かれ、時代を超えて人々に愛され続けています。この伝説は、勇気、信仰、正義の象徴として、今日でも多くの人々にインスピレーションを与え続けています。

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