芦安村

山梨県中巨摩郡に属していた芦安村（あしやすむら）は、県の中央部西寄りに位置し、郡の最西端にあたっていました。その歴史は2003年（平成15年）4月1日、周辺の町村との新設合併により南アルプス市が誕生したことで閉じられました。

地理的には、南北に細長い帯状の村域を持ち、その大部分が険しい山林に覆われていました。村の中央部に位置する夜叉神峠の付近には、日本列島を縦断する大断層帯であるフォッサマグナ（糸魚川静岡構造線）が南北に走っていました。村の西部には、南アルプスを源とする富士川の支流、野呂川が北西から南へと流れていました。一方、東部からは御勅使川が東へ流れ出し、広大な甲府盆地に至って扇状地を形成しています。

近世の芦安村は、芦倉村と安通村という二つの村から成っていました。芦倉村は巨摩郡武川筋に、安通村は同郡西郡筋に属していました。両村を含む36か村の共同利用地（入会地）が存在し、これがしばしば権利を巡る争論の原因となりました。明治時代に入ると、この入会地は皇室の財産である御料地となりました。近代には、過度な伐採により山林が荒廃し、それに伴う水害などが頻発します。こうした状況を受け、明治44年には御料地が山梨県に下賜され、村内には恩賜林を適切に管理するための組合が設立されました。

明治後期の産業としては、製糸工業の発達を背景に、野呂川流域における木材生産が隆盛を極めました。また、木炭の生産や、芦安鉱山などでの鉱業も村の重要な産業でした。さらに、昭和初期には、村内で猟犬として飼育されていた犬が「甲斐犬」として新たな犬種として注目され、1934年（昭和9年）には国の天然記念物に指定されるに至りました。

かつて、野呂川から分水して水利に乏しい旱魃地帯であった御勅使川扇状地の扇央部、いわゆる原七郷地域（現在の中巨摩郡白根町や櫛形町、若草町の一部）を潤すための用水計画は、江戸時代から構想されていました。戦後、1951年（昭和26年）には当時の天野久知事の下、上水道の建設と奥地山林などの未開発資源の活用を目指した野呂川流域総合開発事業が本格的に開始されます。この事業により、1955年（昭和30年）には夜叉神峠にトンネルを掘削した野呂川林道が完成し、奥地へのアクセスが向上しました。また、原七郷への生活用水を供給する野呂川上水道は1960年（昭和35年）に完成し、地域の生活を支える基盤となりました。さらに、荒川との合流地点には野呂川発電所が建設され、電源開発も進められました。

一方で、芦安村からの木材搬出や観光客誘致を目的とした南アルプススーパー林道の建設も着手されました。しかし、自然保護への配慮や度重なる災害による工事の寸断など、建設は難航を極めました。最終的に林道が開通したのは1980年（昭和55年）のことでした。

高度経済成長期を経て日本の産業構造が変化するにつれ、芦安村の主要産業であった林業などの第一次産業の相対的な比重が低下していきました。主要産業の衰退は村の経済に影響を与え、それに伴い若年層を中心に人口の流出が進み、過疎化が進行しました。

村内には村立芦安小学校と村立芦安中学校が設置されていました。交通網としては、芦安村営バスや山梨交通バスが運行し、道路では山梨県道20号竜王芦安線や山梨県道37号南アルプス公園線、そして南アルプススーパー林道が重要な役割を果たしていました。

観光面では、芦安温泉が知られ、訪れる人々に親しまれていました。

芦安村の歴史を振り返ると、1889年（明治22年）に単独で自治体として発足して以来、1957年（昭和32年）には昭和天皇が行幸され野呂川林道を視察、1979年（昭和54年）には南アルプススーパー林道の完成式典が開催されるなど、国の関心も集める地域でした。そして、2003年（平成15年）4月1日、周辺5町村との合併により南アルプス市の一部となり、その歴史を終えました。

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