草井渡船

草井渡船（くさいとせん）は、かつて岐阜県各務原市前渡地区と愛知県江南市草井地区の間、木曽川に存在した渡し船です。別称として「草井の渡し」や「前渡の渡し」とも呼ばれ、古くからこの地域の重要な交通手段として機能していました。

概要

この渡し船は、木曽川の特定区間、現在の各務原市前渡（旧・稲羽町大字前渡など）と江南市草井（旧・葉栗郡草井村）の間を結んでいました。運航には、特殊な技術である「岡田式渡船装置」が導入されていた時期があります。

渡船場付近の木曽川は川幅が広く、中央に大きな中州が存在しました。流れは中州を境に北側と南側に分かれ、それぞれ「北川」「南川」と呼ばれていました。大正時代に至るまで、北側の流れは前渡地区が、南側の流れは草井地区がそれぞれ独自に管理・運航する形態でした。しかし、後に両地区の渡船は統合され、共同で運航されることになります。

この渡船は長らく木曽川における重要な交通拠点としての役割を担ってきましたが、近代以降、周辺地域に次々と新たな橋が架けられるにつれて、その利用者は次第に減少していきました。具体的には、犬山橋（1925年完成）、河田橋（1958年完成）、川島大橋（1962年完成）、犬山頭首工ライン大橋（1968年完成）といった橋の開通が進み、人々の移動手段が陸路へと移行していったためです。そして最終的には、上流約500メートル地点に愛岐大橋が完成したことを受け、1969年（昭和44年）3月31日をもって、その長い歴史に幕を閉じ、廃止されました。

歴史

草井渡船の歴史は非常に古く、記録によれば天正12年（1584年）に公的な運航が開始されたとされています。これは羽柴秀吉が小牧・長久手の戦いに関連して公的に認可した時期とされますが、実際には鎌倉時代から「摩免戸の渡し」「豆渡の渡し」「大豆戸の渡し」といった名称でこの地に渡し場が存在していたと考えられています。承久3年（1221年）に起こった承久の乱では、鎌倉幕府軍の東海道軍の一部がこの渡し場を利用し、付近で「摩免戸の戦い」が行われたという伝承も残っています。

近代に入ると、渡船の運航はより組織化されますが、事故も発生しています。1903年（明治36年）11月17日には、渡船が転覆する痛ましい事故が発生し、8名が溺死しました。これは当時の交通量増加に伴い、荷車や馬車を無理に乗せるなど、安全規則が十分に守られなかったことが原因とみられています。

岡田式渡船は、1908年（明治41年）12月9日に前渡地区の渡船（北川側）で初めて導入されました。しかし、草井地区の渡船（南川側）は従来の方式での運航を続けたため、両地区の間で運航方式や利権を巡る対立が生じました。この対立は、1910年（明治43年）に「草井前渡合同岡田式越立営業組合」が設立され、運航方式が岡田式渡船装置に統一されることで解消されました。当時の運賃としては、大正8年時点で大人2銭、小人1銭、人力車5銭、荷馬車8銭、自転車3銭、自動車20銭などが記録されています。

大正時代にも事故は繰り返されました。1919年（大正8年）4月16日には、増水により岡田式渡船が使えず、予備の小型船で運航していたところ、定員を超過した人数を乗せたために沈没し、7名が溺死する事故が発生しました。さらに1922年（大正11年）6月22日には、豪雨によって新しく建造した船を含む渡船施設全体が流失するという被害を受けました。これらの事故による補償金支払いなども重なり、草井前渡合同岡田式越立営業組合の経営は困難に陥ります。

組合の経営難を受けて、渡船の維持管理を求める声が高まりました。1926年（大正15年）12月には、愛知県知事に対して「渡船を県営にする嘆願書」が提出されました。その結果、1927年（昭和2年）には愛知県と岐阜県の共同による県営渡船となり、利用者にとって無料化が実現しました。運航業務は引き続き、草井前渡合同岡田式越立営業組合に委託されました。その後、1930年（昭和5年）には愛知県単独の県営渡船となり、運航委託は継続されました。最終的に1945年（昭和20年）からは愛知県による直接管理へと移行しました。

県営化、無料化後も渡船は運航を続けましたが、周辺に橋が整備されるにつれて利用者は減少し、前述の通り愛岐大橋の完成を機に、1969年（昭和44年）3月31日にその役割を終え、廃止されました。

このように、草井渡船は古代から近代にかけて、この地域の生活や交通を支え続けた重要な存在でした。その歴史は、技術の導入、事故、経営形態の変化、そして最終的にはインフラ整備の進展という、時代の変遷を映し出すものでした。

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