荒野の聖ヒエロニムス (レオナルド)

レオナルド・ダ・ヴィンチ作『荒野の聖ヒエロニムス』

『荒野の聖ヒエロニムス』（伊: San Girolamo nel Deserto, 英: Saint Jerome in the Wilderness）は、盛期ルネサンスの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチが1482年頃に制作したとされるテンペラ画です。この作品は、レオナルドの指紋が残されていることでも知られています。

主題

描かれているのは、4世紀の聖職者であり神学者である聖ヒエロニムスです。伝説によると、彼はシリアの砂漠で隠者として厳しい禁欲生活を送りました。強い熱情に苛まれ、それを鎮めるために自らの胸を何度も打ったとされます。また、傷ついたライオンの足を癒したことから、ライオンが彼の親しい友人となり、共に暮らしたという伝説も残っています。

作品の詳細

レオナルドは、十字架の前でひざまずき祈りを捧げる聖ヒエロニムスを描いています。痩せ細った上半身は骨と筋が浮き上がり、高齢を思わせるしわが刻まれています。右手には、自らの胸を打つために使う石が握られています。背景には、聖人が洞窟にいることが示され、左側には遠方の岩山の風景が粗く描かれています。右側の岩場には開口部があり、そこには教会のファサードを思わせる建築物が素描されています。前景には、横たわって吠えるライオンが描かれています。

この作品は未完成であり、部分的に制作が進んでいる箇所もありますが、全体的には粗描きの段階で止まっています。しかし、レオナルドは数回にわたって制作を進めていたと考えられます。絵画は2枚のクルミ材をつないだ板に描かれており、これは当時のフィレンツェでは珍しいものでした。

レオナルドへの帰属

当初、アンゲリカ・カウフマンがレオナルドの作品と主張し、その後の研究者も異論なく受け入れています。その根拠は、本作品とレオナルドの他の作品との間に明らかな関連性が認められるからです。特に、フィレンツェ時代の作品である『東方三博士の礼拝』とは、未完成である点や技法において共通性が見られます。また、画面左側の岩山の風景は、ミュンヘンの『カーネーションの聖母』の風景と類似しており、人体表現にはアントニオ・デル・ポッライオーロの影響が指摘されています。

しかし、『荒野の聖ヒエロニムス』はフィレンツェ時代の作品と比較して、より発展した表現が見られます。聖ヒエロニムスとライオンのポーズに見られる螺旋構造の動勢表現は、後のミラノ時代の作品に見られる特徴です。また、画面右側の教会のファサードの要素もミラノ時代に属していると考えられます。

制作年代

一般的にはフィレンツェ時代の作品と見なされていますが、『東方三博士の礼拝』以降の作品ではないかという指摘もあります。ヨーゼフ・ストルツィゴウスキーは『最後の晩餐』と同時期の作品と見なしましたが、その見解は受け入れられていません。

保存状態

この板絵は、19世紀初頭におそらく4つに切断されました。切断には薄いのこぎりが使用され、絵具層の損失は最小限に抑えられましたが、修復時の接合作業で絵具が削り落とされています。また、裏面には格子組みで補強されていますが、これにより板が薄く削られています。表面には木喰い虫の被害や割れがあり、引っかき傷や擦り切れなど多くの損傷が見られます。これらの損傷を隠すために、充填材による補填や補彩、ニス掛けなどが施されています。特に損傷が深刻なのは、ライオンの腰の部分と画面右の風景の岩です。また、聖ヒエロニムスの右肩上の岩の隙間が塗りつぶされていたという不可解な点もありましたが、修復によって本来の姿を取り戻しています。

来歴

最初の所有者とされるアンゲリカ・カウフマンがいつ絵画を入手したかは不明です。19世紀初頭には「レオナルドの作と思われる」絵画を所有していたことが記録から確認できますが、彼女の死後、絵画は行方不明となります。その後、絵画は切断され、バラバラになった状態で発見されます。ナポレオン・ボナパルトの叔父であるジョゼフ・フェッシュ枢機卿が、家具の扉や踏み台として使われていた絵画を発見し、接合したとされています。枢機卿の死後、絵画は競売にかけられ、最終的にアントネッリ枢機卿がヴァチカン美術館に収蔵するために購入しました。

影響

ラファエロ・サンツィオはレオナルド・ダ・ヴィンチの『荒野の聖ヒエロニムス』を見た可能性があり、彼の作品『聖母戴冠』の聖ペテロは、聖ヒエロニムスの影響を受けていると指摘されています。

別のバージョン

パルマのジャルディーノ宮の1680年のインベントリによると、ヴァチカン美術館のバージョンとは異なるレオナルドの別の『聖ヒエロニムス』が所蔵されていたことが記録されています。また、ウィンザー城王立図書館とミラノのアンブロジアーナ絵画館には、レオナルド派の『聖ヒエロニムス』の素描が所蔵されており、これらの素描はレオナルドの失われた素描の複製と考えられています。

この作品は、レオナルドの芸術的才能と制作過程における苦悩を垣間見ることができる貴重な作品です。

参考文献

『ヴァチカンのルネサンス美術展』高階秀爾、日本テレビ放送網株式会社（1993年）

外部リンク

ヴァチカン美術館公式サイト, レオナルド・ダ・ヴィンチ『荒野の聖ヒエロニムス』
* ロイヤル・コレクション・トラスト公式サイト, レオナルド・ダ・ヴィンチのサークル『聖ヒエロニムス』

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