荷沢宗

荷沢宗（かたくしゅう）とは

荷沢宗は、中国の唐代に成立した仏教の宗派であり、禅宗の一派です。僧侶である神会（じんえ）が中心となり、彼が拠点とした荷沢寺（かたくじ）にその名を由来します。この宗派は、当時の仏教界における重要な論争の中心に位置し、その教義と歴史は、中国禅宗の発展を理解する上で欠かせない要素となっています。

歴史的背景

荷沢宗の成立には、当時の禅宗内部における教義解釈の対立が深く関わっています。禅宗五祖である弘忍（こうにん）の高弟であった神秀（じんしゅう）は、則天武后（そくてんぶこう）に重用され、その死後も弟子たちが帝室の庇護を受けていました。神会は、これらの僧侶たちを「北宗」と呼び、彼らが禅定を通じて徐々に悟りへと至る「漸悟（ぜんご）」の立場を取っていると批判しました。これに対し、神会は自らが継承したと主張する六祖慧能（えのう）の「頓悟（とんご）」こそが真の仏法であると説き、「南宗」と自称しました。745年、神会は洛陽の荷沢寺に入り、ここを拠点として北宗批判を展開し、自身の教えを広めました。

753年、神会は政府の命令により一時的に追放されますが、755年に勃発した安禄山の乱（あんろくざんのらん）の混乱に乗じて売牒制度（ばいちょうせいど）に関与し、洛陽に復帰します。この時期に、荷沢寺には神会の教えに共感する弟子たちが集まり、一大勢力を形成しました。これが荷沢宗と呼ばれるようになったのです。

荷沢宗は、帝室の保護を受けながら勢力を拡大し、神秀の弟子たちの一派を駆逐しようとするほどの影響力を持つようになりました。しかし、762年に神会が没すると、その勢いは急速に衰退し、845年の会昌の廃仏（かいしょうのはいぶつ）によって、歴史の中に完全に姿を消すこととなりました。

教義の特徴

荷沢宗の教義の中心は、神会が主張した「頓悟」の思想です。神会は、悟りに至る過程において、禅定などの修行を積み重ねて徐々に悟りに近づくという「漸悟」の考え方を否定しました。彼は、悟りと無明（むみょう：悟りに対する無知の状態）は本来対立するものではなく、悟りへの道に段階は存在しないと主張しました。この考え方は、仏教の根本的な教えである「空（くう）」の思想に通じ、すべての事象は相互に関係しあい、固定的な実体を持たないという理解に基づいています。

しかし、神会自身も、実際には座禅の方法を習得するための準備期間が必要であることを認めており、信者を獲得するために柔軟な姿勢を示していたとされています。この点において、荷沢宗は、理論的には急激な悟りを説きながらも、現実的には段階的な修行を容認するという、複雑な側面を持っていたと言えるでしょう。

まとめ

荷沢宗は、その短い歴史の中で、中国禅宗の発展に大きな影響を与えました。神会の頓悟の思想は、その後の禅宗の教えに深く浸透し、多くの禅僧に影響を与えました。荷沢宗の興亡は、仏教内部の教義解釈の対立や、政治的な情勢の変化が、宗派の運命を左右することを示唆しています。その歴史は、仏教の歴史を学ぶ上で、非常に重要な事例の一つと言えるでしょう。

関連項目

禅宗
神会
慧能
漸悟
頓悟
会昌の廃仏

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