薩埵正邦

薩埵正邦（さった まさくに）：日本の法学教育の礎を築いた先駆者

薩埵正邦は、安政3年（1856年）に京都で生まれ、明治30年（1897年）に40歳で急逝した法学者・教育者です。法政大学の創立者の一人であり、東京法学校（現在の法政大学）の主幹を務めました。また、京都大学法学部の前身である第三高等中学校法学部の開設にも深く関与しました。

生い立ちと学問への道

薩埵は、石門心学を講じる学者の家に生まれました。幼少の頃から記憶力に優れ、神童と称えられたと言います。その才能を見込まれ、学資の援助を受けながら官立の京都仏学校に入学し、フランス人教師レオン・デュリーに師事しました。京都仏学校が廃止された後、デュリーが開成学校（現在の東京大学）に転任すると、薩埵もそれに従って上京しました。

上京後、薩埵は太政官法制局少書記官であった桜井能監らの「仏国民法研究会」に参加し、その縁で官職を得ました。内務省に勤務していた1879年には、フランスから招かれていたパリ大学教授のボアソナードと出会い、以後、師事することになります。

東京法学校の設立と運営

1879年、薩埵は東京法学社設立に加わり、1881年に東京法学社講法局が東京法学校として独立すると、その主幹として学校運営を担いました。ボアソナードは、愛弟子の薩埵が主幹を務める学校ということで教壇に立ち、教頭にも就任しました。東京法学校は、ボアソナードの指導のもと、フランス法を学ぶための学校として人気を博しました。

京都での活動と晩年

東京法学校と東京仏学校の合併を機に、薩埵は故郷の京都に戻り、第三高等中学校（現在の京都大学）法学部の教授に就任しました。第三高等学校への昇格後も法学部教授を務めましたが、京都帝国大学法科大学の設置を目前にして、病のため40歳という若さでこの世を去りました。

薩埵が部長として指導していた三高弁論部の部史には、「日本法学教育界の錚々、その議論の暢達明快、誠に此部好個の指導者」と記されており、彼の指導者としての卓越した能力がうかがえます。

家族と交流

薩埵の妻マサは、法学者・富井政章の妹であり、富井は薩埵の義兄にあたります。薩埵と富井は、京都仏学校で共にデュリーに師事し、富井が東京法学校の講師時代には、薩埵宅に同居していたこともありました。

その他の活動と業績

薩埵は、東京法学校の通信教育機関である「中央法学会」を設立し、『中央法学会雑誌』を創刊しました。また、帝国大学で開催された第一回五大法律学校討論会では議長を務めました。第三高等中学校法学部では、民法、刑法、刑事訴訟法を担当し、後進の育成に尽力しました。

著書

薩埵は、多くの法律書を著しました。代表的なものとして、『刑法一覧』（高木豊三と共著）、『刑法弁議上巻』、『財産法講義』、『民事証拠法要論』、『大日本帝国憲法精義』、『日本刑法講義』などがあります。また、ボアソナードやアッペールの講義を筆記・編集し、出版しました。

薩埵正邦の遺産

薩埵正邦は、草創期の東京法学校の運営に尽力し、日本の法学教育の発展に大きく貢献しました。その功績を称え、法政大学市ヶ谷キャンパスには、彼の名前を冠した「薩埵ホール」が設けられています。彼の教育者としての情熱と、法学研究に対する貢献は、今もなお、後世に語り継がれています。

彼の墓所は、当初は京都の大徳寺内の塔頭芳春院にありましたが、後に茨城県常総市の阿弥陀寺に移されました。

薩埵正邦は、日本の法学教育の黎明期を支えた偉大な先駆者の一人として、その名を歴史に刻んでいます。

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