蘇我蝦夷

蘇我蝦夷：飛鳥時代の権力者、その生涯と変革

蘇我蝦夷（そがのえみし）は、飛鳥時代に大臣として強大な権力を握った人物です。父は蘇我馬子、母は物部守屋の妹である太媛とされています。蘇我氏は、当時、政治の中枢で大きな影響力を持っていました。蝦夷は、その中心人物として、飛鳥時代の歴史に深く関わっています。

生涯

蘇我蝦夷は、推古天皇の晩年から皇極天皇の時代にかけて大臣として権勢をふるいました。推古天皇の崩御後、皇位継承問題が発生した際には、有力候補であった山背大兄王ではなく、田村皇子を推し、舒明天皇として即位させました。この決定は、蝦夷が皇位継承に大きな影響力を持っていたことを示しています。日本書紀では、この決定が「推古天皇の遺勅」によるものとされていますが、実際には蝦夷の意向が強く反映されたと考えられています。

山背大兄王は、用明天皇の二世王であり、天皇位から遠ざかった王統でした。また、斑鳩という交通の要衝に拠点を持ち、独自の政治力と経済力を持っていたため、支配者層全体にとって脅威となる存在でした。そのため、蝦夷は、山背大兄王を排除し、蘇我氏と血縁関係のない舒明天皇を擁立したという説もあります。舒明天皇の崩御後は、皇極天皇を擁立し、引き続き政治の中枢で活躍しました。

蝦夷は、外交にも積極的に関わりました。百済の義慈王に追放された王族とその従者を迎え入れ、倭王権の中枢や蘇我氏の地盤に置きました。この措置は、百済の反感を買う可能性がありましたが、蝦夷は、百済だけでなく、高句麗や新羅とも等距離を保った外交を目指していました。

蝦夷は、父祖の地である葛城に祖廟を造り、そこで八佾の舞を舞わせたとされています。これは、『論語』によれば、臣下がしてはならない行為であり、蘇我氏の専横の一例とされてきました。しかし、近年の研究では、この記述は『日本書紀』の修飾であり、蝦夷が祖先を祀る祭祀を行ったことを示す記事に過ぎないとされています。

また、蝦夷は、自分と入鹿の寿墓を造営し、それを「陵」と呼ばせました。さらに、国中の民や部曲を造営に使役したとされています。これも蘇我氏の専横の一例とされてきましたが、近年の研究では、漢籍からの引用が多いことから、実際には臣下の立場を超えないものであったと考えられています。

皇極2年には、蝦夷は入鹿に「紫冠」を授け、大臣に任じました。これは、冠位十二階とは別に蘇我氏内部で継承されるものであり、問題はなかったとされています。皇極3年には、蝦夷と入鹿が甘樫丘に邸宅を並べ立て、それを「上の宮門」、「谷の宮門」と称し、入鹿の子を「王子」と呼ばせました。これも蘇我氏の専横の一例とされてきましたが、近年の研究では、国際情勢の緊迫化に対応した国防強化策であったと考えられています。

乙巳の変と最期

しかし、蝦夷の権勢は長くは続きませんでした。皇極4年、入鹿が天皇の御前で暗殺されると、蝦夷は邸宅に火を放ち、自害しました。これが、乙巳の変です。蝦夷と入鹿の一門は皆殺しにされ、蘇我本家は一度滅びました。

『日本書紀』によれば、この時『天皇記』が失われ、『国記』は船恵尺が持ち出して難を逃れ、後に中大兄皇子に献上されたとされていますが、いずれも現存していません。

名称

『日本書紀』では、蘇我蝦夷は、通称を豊浦大臣とされています。『上宮聖徳法王帝説』では、蘇我豊浦毛人と記されています。「蝦夷」という名前は、精強な印象を良いイメージとして借用したものであり、蔑称ではありませんでした。「毛人」も同じ意味で使われていたと考えられています。

『紀氏家牒』によると、蝦夷は家の蔵に武器を揃えていたことから、武蔵大臣とも呼ばれていたとされています。また、『先代旧事本紀』には、「入鹿連公」と呼ばれていたとありますが、実際にそう呼ばれていたのかは不明です。

物部大臣

物部大臣は、蝦夷の子で、入鹿の弟です。蝦夷が入鹿を大臣とした際、その弟を外祖父の氏である「物部大臣」としたとされています。

蘇我蝦夷を描いた作品

小説では、黒岩重吾の『斑鳩王の慟哭』で描かれています。

まとめ

蘇我蝦夷は、飛鳥時代に強大な権力を握った人物であり、その行動は後世に様々な議論を呼びました。近年では、彼の行動は必ずしも専横的なものではなく、当時の国際情勢や国内の政治状況を考慮したものであったという見方も強まっています。蘇我蝦夷は、飛鳥時代の歴史を理解する上で欠かせない人物の一人です。

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