虎御前

虎御前：曾我物語を彩る遊女の生涯

虎御前（とらごぜん、1175年 - 1238年頃）は、鎌倉時代初期に実在したとされる遊女であり、曾我祐成の妾でした。別名お虎さん、虎女（とらじょ）とも呼ばれ、『曽我物語』において、物語に深みと色を添える重要な存在として描かれています。『吾妻鏡』にも記録が残されていることから、その実在性が裏付けられています。

『吾妻鏡』と『曽我物語』における虎御前

『吾妻鏡』には、建久4年（1193年）5月28日の曾我兄弟の仇討ち事件後、虎御前が曾我祐成の妾として尋問を受けたものの、無罪放免されたことが記されています。その後、6月18日には箱根で祐成の供養を行い、出家して信濃善光寺に向かったとあります。当時19歳だったと記されていることから、その生涯の重要な転換期が仇討ち事件と深く関わっていたことが分かります。

『曽我物語』では、虎御前の出自について様々な説が提示されています。例えば『重須本曽我物語』では、母は平塚の遊女・夜叉王、父は宮内判官家永とされています。平塚で生まれ、大磯の長者のもとで遊女になったと記されています。

祐成との出会い、そして仇討ち

曾我兄弟は父の仇討ちを計画しており、当初は妻妾を持つことを考えていませんでした。しかし、五郎の勧めもあり、十郎祐成は将来の事を考え遊女である虎御前を妾に迎えました。二人は出会いすぐに恋に落ちたと言われています。

虎御前が19歳の時、建久4年（1193年）5月28日、源頼朝の富士の裾野での狩りの最中、曾我兄弟は父・工藤祐経の仇討ちを実行しました。しかし、十郎祐成は新田忠常に討たれ、五郎も捕らえられて処刑されました。

出家と供養

祐成の死後、虎御前は曾我兄弟の母を訪ね、箱根に登り出家。熊野や諸国の霊場を巡り、兄弟の菩提を弔いました。兄弟の一周忌を曾我の里で営んだ後、信州の善光寺に参拝し、兄弟の遺骨を奉納しました。その後大磯に戻り、高麗寺山の北側の山下に庵を結び、夫の供養に励んだと伝えられています。

虎御前は63歳（諸説あり）で生涯を終えました。没年については諸説ありますが、最近の研究では嘉禎4年（1238年）と推定されています。

虎御前の名前の謎

『曽我物語』には、虎御前が寅年の寅の日の寅の刻に生まれたため「三寅御前」と名付けられたと記されていますが、実際は未年生まれだったとされています。名前の由来は不明ですが、柳田國男は、虎御前が仏教や道教を修めた巫女の系統を受け継いでいるのではないかと推測しています。

「御前」という称号は、当時の遊女や白拍子などに用いられたものであり、静御前や巴御前と同じです。また、「ごぜ」という呼び名も用いられていたとされ、後の瞽女（ごぜ）に通じる可能性も指摘されています。

虎御前と各地の伝承

各地には、虎御前に関する伝承と結びついた「虎が石」が存在します。大磯町の延台寺、静岡県の足柄峠、大分市、山梨県南アルプス市芦安安通、兵庫県朝来市など、様々な場所に虎御前ゆかりの石や墓があると伝えられています。これらの伝承は、曽我伝説の流布に関わった各地の巫女たちの活動が、虎御前という人物像に集約された結果だとする説もあります。

虎が雨

俳句の夏の季語に「虎が雨（とらがあめ）」があります。これは、旧暦5月28日（曾我兄弟の仇討ちの日、祐成の命日）に降る雨を、虎御前の悲しみの涙に重ねて表現したものです。この雨は、「曾我の雨」、「虎が涙」などとも呼ばれます。

虎御前を題材とした作品

虎御前は、数多くの映画やテレビドラマにも登場しています。これらを通して、人々は時代を超えて虎御前という人物、そして曾我兄弟の悲劇に思いを馳せてきたのです。彼女の生涯は、歴史の悲劇と、人間の愛憎、そして信仰の深さを伝える、今もなお人々を惹きつける物語となっています。

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