曾我兄弟の仇討ち

曾我兄弟の仇討ち

曾我兄弟の仇討ち（そがきょうだいのあだうち）は、建久4年（1193年）5月28日、源頼朝が主催した富士の巻狩りの際に、曾我祐成と曾我時致の兄弟が、父の仇である工藤祐経を討った事件です。この事件は、赤穂浪士の討ち入り、伊賀越えの仇討ちと並び、日本三大仇討ちの一つとして広く知られています。

概要

仇討ちの舞台は、駿河国富士野（現在の静岡県富士宮市）であり、兄の曾我十郎祐成は22歳、弟の曾我五郎時致は20歳の時でした（いずれも数え年）。

仇討ちの発端は、兄弟の父である河津祐泰が、安元2年（1176年）に工藤祐経の郎党に暗殺されたことに遡ります。当時、祐泰は31歳、祐成は5歳、時致は3歳でした。祐経は、伊東荘の所領争いの相手であり、妻を離縁させられた伊東祐親の暗殺を企てていましたが、誤って祐泰を殺害してしまったのです。曾我兄弟は、母が曽我祐信と再婚したため、曽我姓を名乗りました。

この事件は、武士社会における仇討ちの模範とされ、「一に富士、二に鷹の羽の打ち違い、三に名を成す伊賀の仇討」という言葉にも表れています。また、『曽我物語』や江戸時代の教科書『富士野往来』などの史料、そして「曽我物」と呼ばれる芸能作品にも発展しました。近代には、小学校の教科書にも採用され、多くの人々に知られるようになりましたが、GHQによる検閲の影響で、仇討ち物が忌避された時期もありました。

『吾妻鏡』の記述

『吾妻鏡』によると、源頼朝は建久4年5月15日に富士野に到着し、翌16日には狩りを催しています。事件は28日に発生し、曾我兄弟は富士野の神野の御旅館に押し入り、工藤祐経を討ちました。その際、酒の相手をしていた王藤内も討たれています。

現場は騒然となり、宿侍たちが駆けつけ、曾我兄弟と頼朝の御家人との間で戦闘が始まりました。多くの武将たちが傷を負い、宇田五郎も兄弟に討たれました。兄の祐成は、仁田四郎忠常との戦いで討ち死にしました。

弟の時致は、将軍頼朝を襲撃しようとしましたが、大友[[能直]]に阻止され、御所五郎丸に取り押さえられました。その後、和田義盛と梶原景時が検死を行い、翌日、頼朝による尋問が行われました。頼朝は時致の勇猛さを称賛し宥免を提案しましたが、祐経の子である犬房丸の訴えにより、同日、時致は処刑されました。

頼朝は、事件後、兄弟の母へ送られた手紙に感涙し、その保存を命じました。また、曽我荘の年貢を免除し、兄弟の菩提を弔うよう指示しました。

『曽我物語』の記述

真名本『曽我物語』によれば、兄弟は富士野に到着する以前から、死を覚悟していました。頼朝が富士野で巻狩を行うことを知ると、五郎はこれを仇討ちの好機と捉え、決行を誓います。

富士野に到着後、兄弟は祐経の動向を注意深く観察していました。3日間の巻狩の最中、兄弟は祐経を狙いますが、なかなか機会がありません。ある時、兄弟の前に二頭の大鹿が現れますが、兄弟はわざと射損じます。その夜、兄弟は母に手紙を書き、決意を新たにしたのです。

5月28日の夜半、兄弟は侍所に押し入り、寝ていた祐経を討ちました。騒ぎを聞きつけた10人の人物との激しい斬り合い（十番切）の後、兄の祐成は新田四郎との戦いで討たれ、弟の時致は捕縛されました。翌日、時致は頼朝に尋問され、その勇敢さを称えられますが、最終的には処刑されました。

兄弟の首は曽我の里へ送られ、火葬されました。また、遺体は宇佐美禅師によって葬送され、兄弟の骨は曽我の里に届けられました。

『吾妻鏡』と『曽我物語』の差異

『吾妻鏡』と『曽我物語』では、源頼朝の兄弟に対する態度に違いが見られます。『吾妻鏡』では、頼朝は兄弟に寛大な姿勢を示していますが、『曽我物語』では、頼朝は兄弟に敵意を抱いており、処刑を命じています。ただし、『曽我物語』でも、尋問の中で頼朝は時致を称賛し、その言葉に感涙しています。

また、仇討ちの場面や登場人物にも差異が見られます。『吾妻鏡』には井出の屋形が登場しませんが、『曽我物語』には登場します。さらに、『曽我物語』には、梶原景時や海野幸氏の名誉譚や「伏木曽我」の場面など、『吾妻鏡』にはない独自の記述が見られます。

十番切についても、両書で登場人物が異なり、『吾妻鏡』では宇田五郎が死亡しますが、『曽我物語』では臼杵八郎が死亡しています。兄弟の恋人であった虎御前のその後も異なり、真名本では曽我の里で往生するとされる一方、仮名本では大磯で暮らしたとされます。

事件に関する解釈

この事件については、さまざまな解釈が存在します。北条時政黒幕説は、時致が頼朝を襲撃しようとしたのは時政の暗躍によるものだとする説です。時政は、事前に駿河国に入国し、兄弟の元服にも関わっていました。

クーデター説は、富士の巻狩り後に粛清が相次いだことから、平時体制への移行に不満を持つ御家人たちが、曽我兄弟の仇討ちに乗じて頼朝を倒そうと計画したとする説です。

また、伊東父子襲撃における源頼朝関与説は、頼朝が息子を殺された報復として伊東祐親を襲撃させ、その背景を知っていた曾我兄弟は頼朝を仇と認識していたとする説です。

曽我物

曾我兄弟の仇討ちは、「曽我物」と呼ばれる多くの芸能作品の題材となりました。能や幸若舞曲などがあり、それぞれに独自の解釈や展開が見られます。能の曽我物には、「虎送」「元服曽我」「調伏曽我」「伏木曽我」「夜討曽我」「禅師曽我」「小袖曽我」などがあり、幸若舞曲にも7つの曽我物が伝えられています。

近世になると、浄瑠璃や歌舞伎などでも曽我物が作られ、特に近松門左衛門の「世継曽我」は人気を博しました。

絵画・版画化

15世紀頃から、富士の巻狩りや仇討ちの場面が絵画化されており、屏風絵が多く残されています。右隻に「富士の巻狩」、左隻に「仇討ち」を描いた一双形式のものが多く、左隻は幸若舞曲「夜討曽我」などを題材にしていると考えられています。また、挿絵入りの『曽我物語』の刊行により、絵画が一般庶民にも広まっていきました。

墓・社・霊地

曾我兄弟は信仰の対象となり、全国に墓所や祠が点在しています。富士野周辺には、曽我八幡宮や曽我塔などが確認されています。また、虎御前のものとされる「虎が石」も各地に存在します。一方、仇である工藤祐経の墓所や祠は少ないです。

関連用語

事件に由来する季語として「虎が雨」があります。これは、陰暦5月28日頃に降る雨を指し、虎の涙や仇討ちがあった時期の天候と結びつけられたとされます。

関連作品

曽我兄弟の仇討ちを題材とした映画やテレビドラマ、小説、漫画、歌謡曲などが数多く制作されています。

まとめ

曾我兄弟の仇討ちは、単なる復讐劇にとどまらず、武士道の象徴、文学や芸能の題材として、今日まで語り継がれています。この事件は、様々な解釈を生み出し、歴史、文化、芸術に多大な影響を与え続けていると言えるでしょう。

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