螺鈿紫檀五絃琵琶

螺鈿紫檀五絃琵琶：正倉院に眠る幻の音色

螺鈿紫檀五絃琵琶は、正倉院北倉に収蔵されている貴重な宝物です。その優美な姿と豪華な装飾は、多くの人々を魅了し、正倉院宝物の中でも特に高い人気を誇ります。この記事では、螺鈿紫檀五絃琵琶の歴史的背景、特徴、そして復元への道のりについて詳しく解説します。

五絃琵琶とは

現在一般的な琵琶は四絃琵琶ですが、五絃琵琶は古代インドを発祥とし、シルクロードを経て中国に伝わった楽器です。中国では宮廷楽団で用いられましたが、早い段階で廃れてしまい、現存する遺例は極めて稀です。螺鈿紫檀五絃琵琶は、その数少ない現存例として、世界の音楽史上でも重要な位置を占めています。

五絃琵琶と四絃琵琶は、絃の数だけでなく、形状にも明確な違いがあります。五絃琵琶は胴（槽）が細長く厚みがあり、頸（ネック）がまっすぐ伸びているのが特徴です。一方、四絃琵琶は胴が丸みを帯びており、頸が後方へ折れ曲がっています。

螺鈿紫檀五絃琵琶の特徴

螺鈿紫檀五絃琵琶は、聖武天皇の遺愛品として、没後の756年に東大寺盧舎那仏に献納され、正倉院に収められました。洋梨形の胴から伸びる優美な頸、紫檀を主な材料とし、螺鈿や玳瑁（たいまい）をふんだんに用いた豪華な装飾が特徴です。

特に目を引くのは、捍撥（かんばち）と呼ばれる撥（ばち）が当たる部分の装飾です。熱帯樹やフタコブラクダに乗り、四絃琵琶を演奏するペルシャ人が描かれており、当時の国際色豊かな文化交流を物語っています。

復元への道のり

螺鈿紫檀五絃琵琶は、長い年月を経て大きく破損していましたが、明治時代に大規模な修理が行われ、現在の姿に復元されました。しかし、その復元された姿が必ずしも当初の姿とは限らず、また装飾の多さから実際に演奏されていたのか疑問視する声もありました。

そこで、平成時代には楽器としての復元を目指し、再度模造品が製作されました。様々な調査を経て完成した模造品により、楽器としての機能を取り戻すことには成功しましたが、覆手（ふくしゅ）や転手（てんじゅ）など現存しない部材があるため、天平時代の姿・音色を完全に再現することはできませんでした。

螺鈿紫檀五絃琵琶の構造

螺鈿紫檀五絃琵琶は、胴、頸、海老尾（えびお）といった各部分で構成されています。各部分には、螺鈿、玳瑁、琥珀といった貴重な素材が用いられ、高度な装飾技術が駆使されています。

胴（槽）: 紫檀の一枚板で作られ、内部は大きくくり抜かれています。表面には宝相華文（ほうそうげもん）などが螺鈿と玳瑁で美しく装飾されています。
頸: 槽からまっすぐ伸びる部分で、紫檀で作られています。左右には5つの転手（絃巻き）が取り付けられています。
海老尾: 頸の先端に取り付けられた、如意（にょい）のような形状の部品です。明治時代の修理で復元されたもので、その形状については様々な議論があります。
腹板: 琵琶の表面を覆う板で、澤栗（さわぐるみ）で作られています。六弁花文（ろくべんかもん）が等間隔に配置され、華やかな印象を与えます。
捍撥: 撥が腹板に当たるのを防ぐために取り付けられたもので、玳瑁と螺鈿で作られています。ペルシャ人が駱駝に乗って琵琶を演奏する様子が描かれており、異国情緒を感じさせます。

柱制の検討

柱（じ）とは、音程を調整するために頸に取り付けられた突起のことです。螺鈿紫檀五絃琵琶の柱制については、様々な研究が行われていますが、いまだに明確な結論は出ていません。

2つの模造品

螺鈿紫檀五絃琵琶をより深く理解するために、明治時代と平成時代に製作された2つの模造品についてもご紹介します。

明治の模造品: 明治時代に宝物を修理した際に、詳細な観察に基づいて製作されました。東京国立博物館に収蔵されています。
平成の模造品: 外見だけでなく、実際に演奏可能な模造品として製作されました。正倉院事務所に所蔵されており、その演奏は宮内庁のホームページで聴くことができます。

螺鈿紫檀五絃琵琶が伝えるもの

螺鈿紫檀五絃琵琶は、単なる工芸品としてだけでなく、当時の文化や音楽、そして人々の交流を伝える貴重な歴史的資料です。その美しい姿と幻の音色に、いにしえのロマンを感じてみてください。

参考文献

国立文化財機構、宮内庁正倉院事務所、山片唯華子 編『螺鈿紫檀五絃琵琶-正倉院宝物の研究』ライブアートブックス、2022年。ISBN 978-4-8087-1253-2。
西川明彦『正倉院宝物の構造と技法』中央公論美術出版、2019年。ISBN 978-4-8055-0875-6。

外部リンク

正倉院宝物検索（宮内庁）
* 模造事業 - 平成の模造品の演奏が聴ける。

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