行動地理学

行動地理学とは

行動地理学は、人間の地理的な行動が、その人の知覚や認知によってどのように影響を受けるのかを研究する学問分野です。人文[[地理学]]の一分野として、1960年代に誕生しました。この分野は、人間の行動を理解するために、心理学、社会学、都市計画など、さまざまな学問分野の知見を取り入れています。

行動地理学の成立

行動地理学は、1950年代の行動科学の発展を背景に、1960年代に地理学の新しい潮流として注目されるようになりました。当時、アメリカでは地理学の計量化を進める動きがありましたが、その一方で、人間の行動という視点が欠落しているという問題点がありました。行動地理学は、この計量革命の欠点を補うものとして登場しました。

行動地理学の概要

行動地理学は、環境知覚や意思決定モデルを基礎概念としています。研究対象は多岐にわたり、居住地の移動、消費者行動、都市研究、都市問題、メンタルマップなどが挙げられます。日本では、消費者行動よりも広い意味での生活者に注目した行動分析が盛んです。

また、行動地理学は、心理的な感覚や認知を含まない行動パターンの研究や、時間地理学もその範疇として捉えることがあります。心理的な側面を含むものを狭義の行動地理学、人文主義[[地理学]]などの流れをくむものまで含むものを広義の行動地理学と定義することもあります。

狭義の行動地理学は、さらに能動的な研究と受動的な研究に分けられます。能動的な研究では、人間が自らの意思でどのように行動するかに焦点が当てられ、受動的な研究では、環境が人間の行動にどのような影響を与えるかが探求されます。

行動地理学の研究史

地理学の歴史において、環境と人間の関係については、自然環境が人間の活動を規定するという「環境決定論」と、自然環境は人間に可能性を与えるだけで、人間が主体的に選択するという「環境可能論」の2つの立場がありました。しかし、1946年にアメリカ地理学協会の会長に就任したジョン・ライトは、人間の認知する環境の研究が必要であると主張しました。

その後、ギルバード・F・ホワイトによる自然災害認知の研究などをきっかけに、1960年代以降、人間の環境に対する認識を研究する動きが加速しました。こうした環境認知論は、行動地理学の一部門として取り込まれました。

1960年、都市計画家のケヴィン・リンチは、著書『都市のイメージ』で、ボストンの住民にメンタルマップを描いてもらうアンケートを実施しました。その結果、人種、居住歴、学歴、性別、所得などの属性によって、知覚される都市のイメージが異なることを示しました。リンチの研究は、都市地理学や社会地理学において、マイノリティの研究に援用されました。

また、地理学者のピーター・グールドは、1966年にアメリカ各地の大学生に「住んでみたい地域」を調査し、各人の選好度を分析して地域の得点を算出しました。この研究は、地域に対する無意識の先入観やステレオタイプを浮き彫りにしました。この研究は、人口移動の要因を説明する上でも役立ちました。

これらの研究を経て、行動地理学が形成されていきました。行動地理学は、人間が環境をどう認知するかに加え、認知したことが人間の行動にどう結びつくのか、という視点から議論を進めました。

行動地理学の展開と変遷

行動地理学は、西洋的な個人主義や合理主義の人間観を共有していましたが、環境認知論の流行は、科学的な客観性や検証可能性を追求する研究とは別に、主観的・情緒的なイメージの研究も発展させ、人文主義[[地理学]]の誕生につながりました。

1980年代に入ると、行動地理学は、研究者が都市地理学や人口地理学などの分野に戻り、人文主義や構造主義の研究者からの批判もあり、研究は失速しました。しかし、1980年代末になると、地理学内の実証主義、人文主義、構造主義の論争が収束し、1990年代に入ると、認知科学の発達、心理学の「空間」への関心の高まり、地理情報システム（GIS）の研究の深化などによって、再び注目を集めるようになりました。

行動地理学の学際性

若林（1994）が行動地理学の教科書を分析したところ、教科書には従来地理学用語に含まれていなかった心理学や社会学の用語が多く導入されていることがわかりました。教科書の文献リストに記載された文献の執筆者は、地理学者が約半数で、残りは環境心理学、社会学、建築学などの専門家であり、行動地理学の学際性を示しています。

参考文献

生田真人「消費者行動研究の動向と本研究の意義」『草津市消費者購買行動に関する調査・研究』（レポート）2000年
岡本耕平「行動地理学の歴史と未来」『人文地理』第50巻第1号、1998年
杉浦章介、松原彰子、武山政直、髙木勇夫『人文[[地理学]]―その主題と課題―』慶應義塾大学出版会、2005年
高橋伸夫、田林明、小野寺淳、中川正『文化地理学入門』東洋書林、1995年
森川洋「地誌学の研究動向に関する一考察」『地理科学』第47巻第1号、1992年
若林芳樹「行動地理学の現状と問題点」『人文地理』第37巻第2号、1985年
若林芳樹「行動地理学の主要概念とその構成―欧米の教科書に関する内容分析―」『地理科学』第49巻第2号、1994年

関連項目

新しい地理学
経済地理学
商業[[地理学]]
政治地理学
地図学

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