誹謗 (ボッティチェッリ)

サンドロ・ボッティチェッリの寓意画『ラ・カルンニア』

『ラ・カルンニア』（誹謗）は、イタリアのルネサンス期を代表する画家サンドロ・ボッティチェッリが1495年頃に制作したテンペラ画です。この作品は、『アペレスの誹謗』あるいは『誹謗の寓意』とも呼ばれ、古代ギリシアの画家アペレスが描いたとされる失われた絵画の記述に基づいています。現在、フィレンツェのウフィツィ美術館に所蔵されており、その複雑な寓意と美しい描写で多くの人々を魅了しています。

古代の絵画を蘇らせる試み

ボッティチェッリは、古代ギリシア絵画の失われた栄光を再現することに関心を持っていました。この作品は、古代ローマの風刺作家ルキアノスによって説明されたアペレスの絵画を、ルネサンス期に復活させたものです。ルキアノスの記述は、人文主義者レオン・バッティスタ・アルベルティによっても賞賛され、芸術家が再現すべき主題として推奨されました。ボッティチェッリは、エクフラシスと呼ばれる文学ジャンル、特に絵画の描写に影響を受け、古代の構図を自身の作品に取り入れています。

作品の詳細

『ラ・カルンニア』は、9人の人物と多数の彫像を含む寓意画です。各人物像は、悪徳や美徳を擬人化したもので、それぞれが象徴的な意味を持っています。作品は、左から右へと展開し、それぞれの人物が特定の役割を演じています。

• - 真実: 画面左端で、裸の女性が天を仰ぎ見ています。彼女は真実の象徴です。
• - 悔悟: 黒い服を着た老婆が真実を振り返っています。悔悟の象徴です。
• - 無実: 画面中央に横たわり、手を合わせている半裸の男性です。無実の象徴です。
• - 誹謗: 白と青の服を着て、燃える松明を持つ女性です。無実の髪を掴んで、ミダス王の前に引き出そうとしています。誹謗中傷の象徴です。
• - 背信/謀議: 赤と黄色の服を着て、誹謗の周囲にいます。
• - 欺瞞: 誹謗の髪を整えている女性です。
• - 怨恨/羨望: ひげを生やし、フードのある黒い服を着て、ミダス王の眼前に手をかざしています。
• - ミダス王: 画面右端の玉座に座り、ロバの耳を持っています。無知と猜疑に囲まれています。
• - 無知と猜疑: ミダス王の側に立ち、偽りの言葉を語りかけています。

これらの人物は、ルキアノスの記述に基づき、アペレスの絵画に描かれた人物を再現したものです。ルキアノスは『誹謗について』の中で、アペレスの絵画を詳細に記録しており、ボッティチェッリはこの記述を忠実に守りながら、自身の芸術性を加えています。

歴史的背景

この絵画は、アペレス自身がエジプト王プトレマイオス4世に対して謀反を企てたと誹謗中傷された後に制作したものです。アペレスは、自身の無実を訴えるために、この絵画を描いたとされています。しかし、ルキアノスの物語には年代的な矛盾があり、アペレスの活動した年代は正確には特定されていません。

借用と様式

ボッティチェッリは、この作品の中で、自身の他の作品や古代の彫刻から多くの要素を借用しています。例えば、「真実」の寓意像は『ヴィーナスの誕生』のヴィーナスに由来し、壁龕にある聖ゲオルギウスらしき像はアンドレア・デル・カスターニョのフレスコ画に影響を受けています。また、宮殿の装飾彫刻は、古代の彫刻された宝石や、ルキアノスの記述に基づいたゼウクシスの作品を再現したものです。これらの要素が複雑に組み合わさり、絵画全体の構成を豊かにしています。

ボッティチェッリは、風景の細部にほとんど関心を示さず、人物像の様式は彫像とは対照的で、いずれも痩せており、マニエリスム的な手法で引き延ばされています。また、絵画空間は非論理的で、複数の消失点が使用されており、見る者に独特の印象を与えます。

来歴

作品が完成してから数十年後、ジョルジョ・ヴァザーリはフィレンツェの銀行家アントニオ・セーニャ・グイディの息子のコレクションで本作を確認しています。ヴァザーリは、この絵画がボッティチェッリからの贈り物であると述べています。その後、ピッティ宮殿のメディチ家のコレクションとなり、1773年までにウフィツィ美術館に収蔵されました。

一部の研究者は、この作品がジローラモ・サヴォナローラを誹謗中傷から守るために制作されたのではないかと推測していますが、その制作時期から否定的な意見もあります。

結論

『ラ・カルンニア』は、ボッティチェッリの深い知識と芸術性が融合した傑作です。古代の物語を基にしながらも、独自の解釈と表現を取り入れ、見る者に深い感動を与えます。この作品は、誹謗中傷という普遍的なテーマを扱い、今日においてもその価値は色褪せることがありません。

ギャラリー

画面左のディテール

画面中央のディテール

画面右のディテール

参考文献

• - 『西洋絵画作品名辞典』黒江光彦監修、三省堂（1994年）
• - バルバラ・ダイムリング『ボッティチェッリ（ニューベーシック・アートシリーズ）』 タッシェン（2001年）
• - ブルーノ・サンティ『ボッティチェッリ イタリア・ルネサンスの巨匠たち14』関根秀一訳、東京書籍（1994年）
• - Altrocchi, Rudolph (1921). “The Calumny of Appelles”. In Modern Language Association of America. Publications of the Modern Language Association of America. 36. The Association.
• - Deimling, Barbara (1 May 2000). Sandro Botticelli, 1444/45-1510. Taschen.
• - Ettlingers: Leopold Ettlinger with Helen S. Ettlinger, Botticelli, 1976, Thames and Hudson (World of Art)
• - Hartt, Frederick, History of Italian Renaissance Art, (2nd edn.)1987, Thames & Hudson (US Harry N Abrams)
• - Legouix, Susan, Botticelli, 114, 2004 (revd edn), Chaucer Press
• - Lightbown, Ronald, Sandro Botticelli: Life and Work, 1989, Thames and Hudson
• - Giorgio Vasari, selected & ed. George Bull, Artists of the Renaissance, Penguin 1965.

外部リンク

• - ウフィツィ美術館公式サイト, サンドロ・ボッティチェッリ『アペレスの誹謗』

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