豊竹呂昇

豊竹呂昇（とよたけろしょう）

豊竹呂昇は、1874年（明治7年）8月4日にこの世に生を受け、1930年（昭和5年）6月7日に永眠した、明治・大正期を代表する女義太夫師です。本名を永田なかと言い、当時の女義太夫界において、文字通り頂点に君臨した人物として知られています。

生い立ちと芸の道

彼女は、現在の名古屋市西区浄心にあたる、名古屋城の西北に位置する土地で生まれました。父の為吉は尾州藩（現在の愛知県西部）の藩士でしたが、明治維新後は塩物問屋を営んでいました。しかし、仲子さんが11歳の時に父を亡くしています。

幼少期から芸事に親しみ、小学生の頃には常磐津を習い始めました。そして、およそ13歳を迎える頃には、義太夫の世界へ足を踏み入れ、後に五代目竹本土佐太夫となる竹本浪越太夫に師事します。わずか16歳で、「仲路」という芸名を名乗り、父が所有していた名古屋の寄席「七福亭」で初舞台を踏みました。その頃から、彼女はその美貌と、自ら三味線を弾きながら語る美しい声で、観客を惹きつけていたと言われています。この時期に一度結婚しましたが、後に離別しています。

大阪での飛躍と「呂昇」への改名

1892年（明治25年）、18歳になった仲子さんは、さらなる飛躍を求めて大阪へ移り、初代豊竹呂太夫の門を叩きました。ここで「呂昇」と改名し、新たな芸道に邁進します。師事する傍ら、当時を代表する文楽太夫、二代目竹本越路大夫（後の二代目竹本摂津大掾）の語りを熱心に聞きに通うなど、研鑽を怠りませんでした。その真摯な姿勢は、大阪の女義太夫小屋「播重」の主人の認めるところとなり、約5年間にわたり「播重」を定席としました。

その後、1896年には北新地の「万亭」へ、1905年には「松の亭」へと活動の場を移します。「万亭」時代には、熱心な支持者たちの後押しもあり、同業者の組織「共楽会」を設立します。さらに、この会に所属する12〜13名の芸娘たちと共に「都保美（つぼみ）連」を結成し、多くの観客から歓迎を受けました。この頃には、大阪の女義太夫組合の幹部としても活躍しています。

全国的な名声と活動

「万亭」が火災により一時閉鎖された際には、瀬戸内方面への巡業を行い、各地で好評を博しました。1897年に大阪へ戻るや、その人気は大阪だけでなく、神戸や京都といった関西各地にも広がり、再び喝采を浴びるようになります。その名声はついに遠く東京にも届き、東京の義太夫関係者は、竹本摂津大掾の紹介を通じて、呂昇の東京巡業を度々申し入れたといいます。

彼女は1898年、1905年と東京の舞台に立った後、1907年からは有楽座で毎年2回開催された名人会にレギュラー出演するようになります。名人会では常に満員の盛況を博し、たとえ二代目竹本摂津大掾の翌日の出演であっても、その集客力は衰えることがありませんでした。

彼女の贔屓客には、「どうする連」と呼ばれる書生たちだけでなく、秋元興朝、柳原義光、松方正義、井上馨、小笠原長幹、大木遠吉、樺山資紀、牧野伸顕、有馬頼万、添田寿一、大倉喜八郎、古河虎之助、山本達雄といった、当時の政財界や学界を代表するような名士が名を連ねていました。また、頼まれれば客の素人芝居にも気軽に出演するなど、その人柄もまた多くの人々に慕われる理由でした。

引退、晩年、そして業績

1925年（大正14年）、豊竹呂昇は51歳で現役を引退しました。邦楽座で行われた引退興行は、舞台上まで観客が詰めかけるほどの盛況ぶりでした。この頃の彼女は、51歳という年齢にも関わらず、化粧をすればまるで若い娘のように見えたと伝えられています。引退を記念して、大阪の大蓮寺には記念碑が建立されました。

引退後は兵庫県西宮市に隠棲し、1930年に静かに息を引き取りました。彼女の遺骨は分骨され、大阪の大蓮寺と、故郷名古屋市北区光音寺町にある光音寺に墓が建てられています。

豊竹呂昇は、単に舞台で活躍しただけでなく、当時の最新技術であった活動写真やレコードにもその芸を記録しています。女義太夫が寄席で花形だった時代、その美貌と技芸で人気を博した彼女は、活動写真製作会社である吉沢商店の注目を集めました。明治40年頃には、彼女の語りがレコードに吹き込まれ、無声映画に合わせて上演されました。これは、活動弁士が主流であった当時において、後のトーキー（発声映画）につながる先駆的な試みの一つと言えます。

また、大正時代に吹き込まれた彼女のSPレコード音源の一部は、現代でもCDとして復刻されており、その名調子を今に伝えています。代表的な演目として、『新版歌祭文』より『野崎村の段』、『艶容女舞衣』より『酒屋の段』、『菅原伝授手習鑑』より『寺子屋の段』、『生写朝顔話』より『宿屋の段』、『恋飛脚大和往来』より『新口村の段』、『傾城阿波の鳴門』より『十郎兵衛住家の段』などがCD化されています。

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