貞享暦

貞享暦について

貞享暦は、江戸時代に用いられた太陰太陽暦の一つで、それまで使われていた宣明暦を改暦して作られました。特筆すべきは、この暦が日本人の手によって初めて編纂された和暦であるという点です。貞享2年（1685年）から宝暦4年（1754年）までの約70年間、日本の暦として使用されました。

貞享暦編纂の背景

改暦の動きは、徳川家綱の補佐役であった会津藩主、保科正之によって始められました。保科は、家臣の安藤市兵衛と島田覚右衛門に授時暦を用いた暦の作成を命じ、渋川春海と山崎闇斎がその監督を務めることになりました。しかし、授時暦は過去に日本を侵略した元の暦であるため、その暦元を用いることに保科は難色を示しました。そのため、渋川らは新たな暦元を設定し、計算を重ねて暦を作成しました。

寛文12年（1672年）には、宣明暦で月食が予測されたにもかかわらず実際には起こらず、授時暦の予測が正しかったことから、授時暦の優位性が示されました。しかし、その直後に保科正之が亡くなり、改暦計画は一旦頓挫します。

渋川春海は、延宝元年（1673年）に徳川家綱に改暦を求める上表文を提出しましたが、延宝3年（1675年）に日食の予測が宣明暦では的中したのに対し、授時暦では予測できなかったことから、計画は再び頓挫しました。これは、授時暦が作成された13世紀と江戸時代とでは、冬至点と近日点のずれが生じていたことが原因でした。このずれを考慮し、渋川は暦の改良に取り組むことになります。

改暦の実現

その後、渋川は山崎闇斎門下の土御門泰福とも交流を深め、天和3年（1683年）に再び改暦の上表文を徳川綱吉に提出します。この上表文には、陰陽頭となった土御門泰福の名前も記されており、朝廷での議論を経て、改暦が決定しました。当初、朝廷は大統暦を採用しようとしましたが、渋川の働きかけにより、貞享元年（1684年）に貞享暦（当時、渋川らは大和暦と呼んでいた）が採用されることが決定しました。

この功績により、渋川春海は幕府から新設された天文方に任命されました。また、彼が作成した自筆の『貞享暦』は、国の重要文化財に指定されています。

貞享暦の影響

約800年ぶりの改暦は当時大きな話題となり、井原西鶴は『暦』を、近松門左衛門は『賢女手習並新暦』を執筆するなど、文芸作品にも影響を与えました。

参考文献

梅田, 千尋 編『新陰陽道叢書』 第3巻　近世、名著出版、2021年
中村, 士『江戸の天文学　渋川春海と江戸時代の科学者たち』角川学芸出版、2012年
林, 淳『天文方と陰陽道』山川出版社、2006年
林, 淳『渋川春海　失われた暦を求めて』山川出版社、2018年

関連項目

日本長暦
天地明察

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