赤松宗旦

赤松宗旦（あかまつ そうたん）

赤松宗旦（1806年8月27日 - 1862年5月19日）は、江戸時代末期に活躍した医師であり、地理学者、文化人です。下総国相馬郡布川村（現在の茨城県利根町布川）に生まれ、地誌『利根川図志』を著したことで知られています。本名は義知。

生涯

幼少期

文化3年（1806年）7月14日、産科医であり文化人でもあった初代赤松宗旦（赤松恵）の次男として生まれます。幼名は不明。母は「ひさ」。宗旦は二代目で、名を義知といいます。一家は文化7年（1810年）に江戸に近い千住宿へ転居しますが、父・恵が文化10年（1813年）に亡くなったため、母の実家がある吉高村（千葉県印西市）へ戻りました。宗旦は少年期から青年期を印旛沼西岸の吉高村で過ごしました。

医師開業と結婚

文化13年（1816年）、吉高村の医師・前田宗珉に師事し、医学を学びました。文政8年（1825年）には、吉高村で医師として開業します。この頃、稲葉藩大森代官所の「御使番」であった鈴木友七の三女「トヨ」と結婚しました。文政12年（1829年）には長女「ふみ」が、天保3年（1832年）には長男「佐与次郎」が誕生します。佐与次郎は後に他家の養子となり、医師として活躍しました。

天保9年（1838年）、宗旦は妻と二人の子を連れて、下総国布川村に戻りました。布川は利根川中流の河岸が発達した町で、同じ下総国布佐の対岸に位置しています。天保10年（1839年）には次女「つね」が生まれますが、早世しました。弘化元年（1844年）には三女「ちか」が誕生しました。ちかはのちに婿養子を迎え、家を継ぎました。宗旦は父と同様に産科医として医療活動に従事する傍ら、近所の子どもたちに漢学や書道などを教えていました。また、俳諧や書画にも親しみ、江戸や下総国・常陸国の医師や文化人と交流を深めました。天保14年（1843年）に刊行された『下総諸家小伝』には、当時の優れた文化人の一人として紹介されています。

『利根川図志』執筆の動機

天保11年（1840年）5月、老中・水野忠邦による「天保の改革」が始まり、印旛沼の開発計画が持ち上がりました。これは単なる新田開発に留まらず、北浦と鹿島灘間の運河開削、さらには印旛沼と江戸湾岸を結ぶ運河開削を伴う大規模なものでした。この計画は、東北地方から江戸への物流を大きく変える可能性があり、利根川流域の環境に大きな影響を与えることが予想されました。

『利根川図志』の序文には「皆係利根川之事、吾生其傍、不能無感」（全て利根川の事に関わる、我その傍に生まれ、感じざるを得ず）とあり、宗旦の複雑な心情が表れています。水野忠邦の失脚により印旛沼開発は中止されましたが、その後も再開の動きは絶えず、利根川の姿を記録に残したいという宗旦の強い思いが、『利根川図志』執筆の動機になったと考えられます。

執筆準備

嘉永6年（1853年）、宗旦は君塚玄圃に『利根川図志』執筆に必要な書籍の入手を依頼する書状を送っています。このことから、この頃には執筆の準備を始めていたことがわかります。玄圃は宗旦の執筆活動を支援した一人で、『相馬日記』、『閑窓瑣談』、『古我志』、『各所方角抄』などを入手するほか、『北条分限帳』、『房総古伝説』、『千葉盛衰記』、『常陸風土記』、『大八州之記』、『和名抄』、『物類称呼』などを玄圃から借りています。

安政元年（1854年）12月、書籍や資料だけでは不十分な情報を得るため、利根川中流の関宿・五カ村方面へ取材旅行に出発しました。この時の様子は、宗旦のメモ帳である『笏記』に詳細に記録されています。

出版と販売

安政2年（1855年）以降、宗旦は『利根川図志』の出版に向けて江戸を頻繁に訪れました。この時の様子も『笏記』などに詳しく記されています。同年2月には、江戸・本所の深河潜蔵を訪ねました。深河潜蔵は、宗旦の情報収集や出版業務を支援した人物で、国学や蘭学に通じ、本草学にも強い関心を持っていました。

この頃、宗旦は三女「ちか」がまだ幼かったこともあり、「たけ」と再婚しています。同年9月には再び江戸を訪れ、『利根川図志』の版木（巻一と巻二の一部）を受け取りました。

安政3年（1856年）8月には、大地震から1年後の江戸を訪れ、深河潜蔵は亡くなっていましたが、出版元である文会堂を訪ね、挿絵作成を依頼するために絵師を探し回りました。安政4年（1857年）の正月と閏5月にも江戸を訪れ、挿絵作成を依頼し、残りの版木と用紙を入手しました。

『利根川図志』は出版までに時間を要しましたが、『利根川図志調帳』によると、安政4年（1857年）10月には完成し、取材協力者に送付されました。安政5年（1858年）3月、宗旦は利根川下流の銚子方面に向けて布川を出発し、各地を訪ねて『利根川図志』の販売を依頼しました。この時の様子は『銚子日記』に詳しく記録されています。

同年4月には、幕府・聖堂学問所から正式に『利根川図志』の出版許可が下りました。その後、出版元の須原屋が江戸南北町奉行所に「諸国売弘め」の願いを提出し、7月に許可を得ました。前年に製本された並本・特製本、計640部が販売され、宗旦自身も303部を販売しました。現存する『利根川図志』には、販売開始時とは異なる書店名が奥付に見られることから、再刊も行われたと考えられます。

死去

『利根川図志』出版後も、宗旦は続編の執筆を考えていたようです。『利根川図志』の凡例には、「而して上利根川の方、亦継で筆を起こさむとす、その考察においては、亦上武諸哲の教を期つ」（さらに上利根川の方も、また続けて筆を起こそうと思う。その考察においては、上野や武蔵の諸先生の教えを期待する）とあり、上流域を対象とした構想があったことがわかります。実際に、『利根川図志後篇 草稿巻一』や、「利根川水源并支流名称」などが記載された文書も残されています。

しかし、文久2年（1862年）4月22日、宗旦は志半ばで亡くなり、布川の瑞龍山来見寺に葬られました。法名は「長松軒宗諦旦禅居士」。現在も来見寺に宗旦の墓碑が残されています。

著作

利根川図志：宗旦の主著。利根川中下流域の地誌です。
銚子日記：安政5年（1858年）3月21日から4月4日にかけて、利根川下流の銚子方面を訪れた際の日誌。途中で寺社を経由し、銚子では磯巡りをしています。
利根川図志調帳：安政7年（1860年）に『利根川図志』の出版と販売状況を記録したものです。
笏記：宗旦のメモ帳。
人物誌：宗旦の交友録。

史跡

赤松宗旦旧居跡：茨城県利根町布川にあり、生家が復元されて一般公開されています。室内には『利根川図志』や『銚子日記』などの資料が展示されています。町指定文化財です。

参考文献

赤松宗旦著、柳田國男校訂『利根川図志』（岩波文庫）
川名登著『評伝 赤松宗旦 『利根川図志』が出来るまで』（彩流社）
利根町公式サイト

外部リンク

利根町ホームページ
赤松宗旦
赤松宗旦旧居跡

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