赤松小三郎

赤松小三郎：幕末の兵学者・政治思想家

赤松小三郎（あかまつ こさぶろう）は、幕末期に活躍した兵学者であり、政治思想家です。西洋の兵学を日本に導入し、軍制改革に尽力しただけでなく、身分制度の撤廃や普通選挙による議会政治の実現を提唱するなど、非常に先進的な思想の持ち主でした。

生涯

誕生と初期の教育

天保2年（1831年）4月4日、赤松小三郎は信濃国上田藩（現在の長野県上田市）で、上田藩士・芦田勘兵衛の次男として生まれました。幼名は清次郎といいました。藩校である明倫堂で学び、竹内善吾の高弟である植村重遠に師事し、学問の基礎を築きました。

江戸への遊学と西洋兵学との出会い

嘉永元年（1848年）には江戸に遊学し、幕臣で数学者の内田弥太郎が開いていたマテマティカ塾に入門しました。さらに嘉永5年（1852年）には、西洋兵学者の下曽根信敦に師事し、西洋の兵学を学び始めました。安政元年（1854年）には、赤松家の養子となり、赤松姓を名乗るようになりました。

長崎海軍伝習所での学び

安政2年（1855年）、勝海舟に入門し、勝の従者として長崎海軍伝習所に赴きました。そこでオランダ人から語学、航海、測量、騎兵学などを学びました。長崎では、最新式のミニエー銃の性能を知り、その影響から海軍だけでなく陸軍にも関心を深めていきました。安政5年（1858年）には、オランダの兵書『矢ごろのかね　小銃彀率』を翻訳・出版し、西洋兵学の知識を広めました。安政6年（1859年）に長崎海軍伝習所が閉鎖されたため江戸に戻り、咸臨丸への乗船を希望しましたが、選ばれることはありませんでした。

上田藩での活動

万延元年（1860年）には、養父の死去により赤松家を相続し、万延2年（1861年）に小三郎と改名しました。文久2年（1862年）には、上田藩で調練調方御用掛に任命され、文久3年（1863年）には砲術道具製作御掛となり、藩の兵制改革に携わりました。

第一次・第二次長州征伐への参加と兵学研究

元治元年（1864年）9月、第一次長州征伐に際して公務で江戸に出ました。11月からは横浜に駐屯するイギリス騎兵士官のアプリン大尉から騎兵術や英語を学び、英国兵学の研究を深めました。慶応元年（1865年）4月には、第二次長州征伐のため大阪に在陣し、陣中でも英国陸軍の兵書の翻訳を進めました。慶応2年（1866年）には、『英国歩兵練法』を翻訳・出版し、英国式の兵学を日本に紹介しました。

薩摩藩での活躍と議会政治の提唱

慶応2年（1866年）8月には、幕府に「方今世上形勢の儀に付乍恐奉申上候口上書」を提出し、9月には藩主の松平忠礼に藩内の身分制度撤廃と表現の自由を求める建白書を提出しました。同年10月には、薩摩藩から英国兵学の教官として招聘され、京都の薩摩藩邸で私塾を開きました。11月には、老中首座の板倉勝静から開成所教官兼海陸軍兵書取調役に採用したいという申し入れがありましたが、上田藩は小三郎が兵制改革に不可欠な人物であるとしてこれを断りました。慶応3年（1867年）には、薩摩藩の依頼により『英国歩兵練法』を改訂・出版しました。また、前福井藩主の松平春嶽に二院制議会政治を提唱する建白書を提出し、島津久光や幕府にも同様の建白書を提出しました。

暗殺と死後

慶応3年（1867年）9月3日、上田藩に帰国する途上、京都で薩摩藩士の中村半次郎と田代五郎左衛門に暗殺されました。享年37。死後、京都の金戒光明寺に葬られ、後に遺髪が上田に送られ、月窓寺にも墓が建てられました。大正13年（1924年）には、従五位が追贈されました。

洋式兵学者としての業績

赤松小三郎は、長崎海軍伝習所で西洋兵学を学んだ後、その知識を基に、日本の軍制改革に尽力しました。彼は、ミニエー銃などの新兵器が戦闘方法を一変させると考え、海軍だけでなく陸軍にも深い関心を抱きました。オランダ語の原書から『新銃射放論』や『矢ごろのかね　小銃彀率』を翻訳・出版し、新式銃の性能を日本に紹介しました。また、英国の歩兵操典『英国歩兵練法』を翻訳し、英国式兵学を日本に導入する上で重要な役割を果たしました。

薩摩藩では、約800人の藩士に英国式兵学を教え、薩摩藩の兵制を蘭式から英式へと改変する指導的役割を担いました。また、会津藩洋学校の顧問も務め、兵学だけでなく、広く西洋文化の導入に貢献しました。彼の翻訳した『英国歩兵練法』は、誤訳や訳語の不統一があったため、薩摩藩の依頼を受け、改訂版として『重訂英国歩兵練法』を出版しました。

普通選挙による議会政治の提言

赤松小三郎は、単なる兵学者に留まらず、政治思想家としても先進的な考えを持っていました。彼は、二院制の議会政治を提唱し、上局（貴族院に相当）と下局（衆議院に相当）からなる議会を設立することを提案しました。下局議員は、「門閥貴賎に拘らず道理を明弁し私なく且人望の帰する人」を普通選挙によって選ぶべきだと主張しました。これは、身分や財産に関わらず選挙権を認めるという、当時としては非常に先進的な考え方であり、日本で最初の普通選挙による議会政治の提言として知られています。また、議院内閣制度も提唱し、内閣総理大臣以下の大臣を議会が選出するという考えを示しました。さらに、教育の機会均等、農民への重税軽減、産業振興、軍隊の近代化など、多岐にわたる改革案を提唱しました。

暗殺とその背景

赤松小三郎は、薩摩藩の武力討幕路線には反対の立場をとり、議会政治の導入により幕府と朝廷・薩摩の対立を融和させようと動いていました。しかし、そのことが薩摩藩の武力討幕派から危険視され、暗殺されたと考えられています。実行犯は、薩摩藩士の中村半次郎と田代五郎左衛門であることが、中村の日記の発見により判明しました。しかし、暗殺を指示した黒幕については、現在も未解明のままです。

人物・逸話

赤松小三郎は、佐久間象山にも学んだという俗説がありますが、実際には手紙のやり取りをした程度で、直接の師弟関係はありませんでした。彼の門下生である可兒春淋は、赤松の講義内容について、「輿論政治を主張し、多数政治の必要性を説いていた」と語っています。赤松の思想は、当時の日本社会において非常に先進的で、その後の日本の議会政治の基礎になったとも言えます。

赤松の教え子であった東郷平八郎と上村彦之丞は、日露戦争に勝利した後、上田に立ち寄り赤松の墓参を行いました。東郷は、赤松に従五位が追贈されると、顕彰碑の碑文を揮毫しましたが、暗殺事件については生涯語らなかったと言われています。また、警察予備隊で使用されていた「頭＝右」の号令が「眼＝右」に変更された際、そのきっかけとなったのが赤松の訳書であるという説もありますが、これは偶然の一致であると考えられています。

作品

2015年には、赤松小三郎暗殺事件を題材にした短編映画「なまくらNAMAKURA京在日記秘録」が制作されました。この作品は、有馬藤太の『維新史の片鱗』と中村半次郎の「京在日記」を基に、創作された時代劇です。

赤松小三郎は、その短い生涯の中で、西洋兵学の導入、軍制改革、議会政治の提唱など、多岐にわたる分野で多大な貢献をしました。彼の業績は、今日の日本社会にも大きな影響を与えていると言えるでしょう。

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