超絶技巧練習曲

フランツ・リスト（Franz Liszt）によって作曲された「超絶技巧練習曲」（Études d'exécution transcendante, サール番号：S.139）は、ピアノのために書かれた全12曲からなる練習曲集です。その原題は「卓抜した演奏のための練習曲集」という意味合いを持ち、文字通り極めて高度な演奏技術を要求される作品群として知られています。この曲集は、リスト自身の作曲家・ピアニストとしての円熟期に至るまで、3度にわたる改訂を経て現在の形となりました。

改訂の歴史

この練習曲集は、リストがまだ若い頃から構想され、段階的に発展していきました。

初稿（S.136）: 1826年、リスト15歳の時に、フランスとドイツで出版されました。「すべての長短調のための48の練習曲」と題されていましたが、実際には12曲のみが含まれていました。
第2稿（S.137）: 1837年、26歳になったリストは、この曲集を大幅に改訂し、「24の大練習曲 Op.6」として出版しました（これも実際には12曲）。この稿は、リストの師であったカール・チェルニーに献呈されました。
第3稿（S.139）: 1852年、41歳で完成された決定稿です。今日「超絶技巧練習曲」として最も一般的に演奏され、録音されているのはこの版です。この版もまたカール・チェルニーに献呈されています。なお、第2稿に収められていた『マゼッパ』は、1840年に管弦楽のための交響詩としても改作されています。

構成と特徴

第3稿の12曲は、すべて異なる調性で書かれています。基本的な構成としては、長調とそれに対応する平行短調が2曲ずつ組みとなり、2曲ごとに調号の♭が一つずつ増えていくという方式を取っています。このことから、当初は全ての調性を網羅する48曲を目指していたものの、結果的に12曲に集約されたと考えられます。初稿と、それに続く第2稿、第3稿では曲順が異なり、第2稿と第3稿の間でも、第1番と第9番を除き、小節数に違いが見られます。

第3稿の各曲には、リスト自身や後世によってつけられたタイトル（愛称）を持つものが多くあります。

1. ハ長調『前奏曲』(Preludio)
2. イ短調
3. ヘ長調『風景』(Paysage)
4. ニ短調『マゼッパ』(Mazeppa) - 特に有名。
5. 変ロ長調『鬼火』(Feux follets) - 巧みな指の動きを要求される難曲。
6. ト短調『幻影』(Vision)
7. 変ホ長調『英雄』(Eroica) - 第2稿で新たに追加された曲。
8. ハ短調『荒々しき狩』(Wilde Jagd)
9. 変イ長調『回想』(Ricordanza) - 比較的穏やかな曲。
10. ヘ短調 - 俗に『熱情』と呼ばれることもあります。
11. 変ニ長調『夕べの調べ』(Harmonies du soir) - 初稿からの移調・改作。
12. 変ロ短調『雪あらし』(Chasse-neige) - ピアニスト泣かせの難曲。

第2稿の圧倒的な難易度

今日演奏される機会が多いのは第3稿ですが、演奏の難しさという点では第2稿がしばしば話題になります。第2稿は、第3稿に比べてさらに技巧的に困難な箇所が多く含まれており、ピアニストのクラウディオ・アラウやピアノ教師ゲンリフ・ネイガウスといった巨匠たちをして、「演奏不可能」と評されたほどです。作曲家ロベルト・シューマンも、1837年当時の第2稿について、リスト自身の演奏ですら表現力の点で苦労するのではないか、とその極端な難易度を指摘しています（ただし、これはシューマンが実際にリストの演奏を聴く前に書かれたものです）。このため、第2稿がコンサートで全曲演奏されることは極めて稀でした。

しかし、近年では多くのピアニストが第2稿の全曲録音に挑戦し、成功を収めています。これは、現代の演奏技術の向上を示す一つの例とも言えるでしょう。

演奏と録音

コンサートや録音で取り上げられるのは、ほとんどの場合が第3稿です。ショパンの練習曲集と同様、ピアニストの技術を示す重要なレパートリーの一つとなっています。全12曲でCD1枚に収まる長さであるため、全曲録音も多く行われています。ラザール・ベルマン、クラウディオ・アラウ、ジョルジュ・シフラといった往年の名手から、フレディ・ケンプ、小菅優、アリス＝紗良・オット、ボリス・ベレゾフスキーといった現代のピアニストまで、数多くの録音が存在します。

一方、演奏が極めて困難とされる第2稿や、最も平易とされる初稿の全曲録音は少数です。第2稿ではレスリー・ハワード、マッシモ・ゴン、イディル・ビレット、ジン・ウェンビン、シモーネ・ジェナレッリなどが、初稿ではイディル・ビレット、シモーネ・ジェナレッリ、ウィリアム・ウォルフラムなどが録音を残しています。

「超絶技巧練習曲」は、ピアノ演奏史における金字塔であり、その名が示す通り、技術と芸術性の極限を追求したリストの偉大な遺産と言えるでしょう。

超絶技巧練習曲