越女剣

『越女剣』は、武俠小説の大家、金庸が手がけた短編作品です。金庸の作品群の多くが宋代から清代を舞台とする中、本作は珍しく春秋戦国時代を背景としています。また、彼の作品の中でも最も短い部類に属します。

物語は、呉と越の戦い、特に「臥薪嘗胆」で知られる越の復讐劇を軸に進みます。呉王夫差に敗北を喫した越は、国力を回復させ、呉への復讐の機会を窺っていました。文種の策によって呉の弱体化は進みつつあったものの、呉の剣士たちの実力は越を大きく上回っていました。そこで、越の剣術を強化するために、范蠡は大胆な秘策を講じます。

物語の中心人物である范蠡は、越の大夫であり、政治家としても非常に有能です。しかし、彼の行動は常に周囲の予想を覆すため、「うつけの范蠡」と揶揄されることもありました。越の剣術を強化するために、彼が選んだ道は、一人の羊飼いの少女、阿青との出会いでした。阿青は、学問こそありませんが、その剣術はまさに神業と呼ぶべきものでした。范蠡は彼女の才能を見抜き、越の剣術に革新をもたらそうとします。

物語には、他にも魅力的な人物が登場します。西施は、その美貌で呉王夫差を骨抜きにするために呉の後宮に入った傾国の美女ですが、范蠡とは相思相愛の関係にありました。この物語では、「顰に倣う」の故事の由来について、意外な解釈がなされています。越王勾践は、会稽の恥を雪ぐために呉を倒すことを切望しています。そして、文種は、勾践に「滅呉九術」を献策した知恵者であり、范蠡のよき理解者として、彼の奇矯な行動を「凡人には異才の考えは理解できない」と評価します。

本作は、1970年に『明報晩報』で連載が開始されました。同時期には、同じ金庸の作品である『鹿鼎記』も連載されており、当時の金庸の人気を物語っています。日本語版は、同名の中編集『越女剣』に収録されています。

映像化作品としては、1986年に香港の亜州電視がテレビドラマを制作しており、ムーン・リーが阿青、岳華が范蠡を演じました。しかし、このドラマは日本では未公開です。

『越女剣』は、短いながらも、春秋戦国時代の歴史と、金庸ならではの魅力的なキャラクター、そして迫力のある剣戟アクションが織りなす、見ごたえのある作品です。史実を基にしながらも、独自の解釈を加え、物語を盛り上げている点が、本作の魅力の一つと言えるでしょう。

登場人物

范蠡（はんれい）: 越の大夫。優れた政治家だが、常識外れの行動から「うつけの范蠡」と呼ばれる。越の剣術を発展させるために奔走する。
阿青（あせい）: 羊飼いの少女。学問はないが、驚異的な剣術の使い手。范蠡に愛情を抱いている。
西施（せいし）: 傾国の美女。范蠡と愛し合っていたが、呉王夫差を虜にするため呉の後宮にいる。
勾践（こうせん）: 越の王。呉への復讐を強く望む。
文種（ぶんしょう）: 勾践に「滅呉九術」を献策した知恵者。范蠡の理解者でもある。

書誌情報
岡崎由美 監修／林久之、伊藤未央 訳『傑作武俠中篇集 越女剣』（徳間書店、2001年） ISBN 4-19-861363-X　p279～p325

映像化作品

* テレビドラマ『越女剣』 1986年 亜州電視 香港 … ムーン・リー（阿青）、岳華（范蠡）※日本未公開

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