近位尿細管

近位尿細管（きんいにょうさいかん）

近位尿細管は、腎臓の基本的な機能単位であるネフロンを構成する管状部分の一つです。糸球体で血液が濾過されてできた原尿が、腎小体（ボーマン嚢）を出て最初に通過する部分であり、ヘンレループへと繋がります。腎臓の皮質から髄質にかけて存在し、尿生成過程で最も活発に物質の輸送が行われる部位として知られています。

特徴的な構造

近位尿細管の細胞構造は、その重要な機能である物質の再吸収と分泌を効率的に行うために特化しています。最大の特徴は、内腔側（管腔側）を覆う刷子縁（線状縁）と呼ばれる構造です。これは、上皮細胞の表面に密生した微細な突起である微絨毛が形成する層であり、光学顕微鏡でもはっきりと観察できます。この微絨毛の存在により、細胞の表面積は飛躍的に増大し、原尿からの物質の再吸収効率を劇的に高めています。

また、再吸収や能動的な輸送といったエネルギーを消費する細胞活動を支えるため、細胞質内にはエネルギー産生の場であるミトコンドリアが非常に豊富に存在しています。

組織学的に観察すると、近位尿細管の上皮細胞は活発な輸送活動を反映して細胞質が濃く染まり、管腔も不明瞭に見えることがあり、「汚れた」印象を与えることがあります。これに対して、続く遠位尿細管は比較的「きれいな」外観をしており、両者は形態的にも対照的です。

内部構造

近位尿細管は、その形態と機能の違いに基づき、大きく二つの部分に分けられます。

1. 曲部（Proximal convoluted tubule）:
腎小体（ボーマン嚢）の直後に続く部分で、複雑に曲がりくねった形状をしています。この部分は腎臓の皮質内に完全に位置しています。機能的な特性から、さらにS1部とS2部に細分されることがあります。

2. 髄放線（Proximal straight tubule）:
曲部に続いて、比較的まっすぐな形状をした部分です。曲部から始まり、腎髄質の外側帯に向かって真っ直ぐに伸びていきます。この部分は髄質の外側縞帯と内側帯の境界付近で終わります。機能的には主にS3部にあたります。

生理機能：再吸収と分泌

近位尿細管は、腎臓における尿生成過程で、原尿の組成を大きく変化させる主要な場所です。ここでは、糸球体で濾過された原尿の大部分の成分が、管腔を取り巻く傍尿細管毛細血管へと効率的に再吸収されます。

主要な再吸収

水分と電解質: 原尿に含まれる水分、ナトリウムイオン（Na+）、カリウムイオン（K+）、クロールイオン（Cl-）などが、浸透圧勾配や電気化学的勾配、さらには能動輸送によって大量に再吸収されます。特にNa+の輸送は再吸収の駆動力として極めて重要であり、細胞の基底側膜に存在するNa+/K+ATPase（ナトリウムポンプ）が中心的な役割を担います。
有機栄養素: グルコース（ブドウ糖）やアミノ酸など、体にとって有用な栄養素は、通常、近位尿細管でほぼ100%再吸収されます。これらの再吸収には、Na+の濃度勾配を利用した共輸送体が多く関わっています。
その他の物質: 重炭酸イオン（HCO3-）は酸塩基平衡の維持に不可欠であり、リン酸イオンや尿素なども一部が再吸収されます。

パラトルモン（副甲状腺ホルモン）は、近位尿細管におけるリン酸イオンの再吸収を抑制する作用を持ちます。しかし、リン酸の血中濃度は腸管での吸収や骨からの放出など他の要因にも影響されるため、パラトルモンの作用は全体的なリン酸バランス調節機構の一部として機能します。

分泌機能

再吸収とは逆に、血液側から尿細管の管腔側へ物質を積極的に運び出す分泌機能も近位尿細管の重要な役割です。これにより、糸球体で濾過されにくい物質や、体内で代謝された不要物などが尿中に排出されます。

分泌される主な物質には以下のようなものがあります。

尿酸
アンモニア
パラアミノ馬尿酸（PAH）などの薬物や異物
水素イオン（H+）：酸塩基平衡の調節に関与します。

このように、近位尿細管は再吸収と分泌という二つの働きによって、原尿の量と組成を大きく変化させ、体液の恒常性維持に極めて重要な役割を果たしています。

腎臓病との関連

近位尿細管を構成する上皮細胞（PTECs: Proximal Tubular Epithelial Cells）は、様々な腎臓病の病態に深く関与しています。

急性尿細管壊死（ATN）: 特定の薬物（例えばゲンタマイシンなどの抗生物質）や造影剤、または虚血などによる障害がPTECsに直接的な損傷を与えると、急性尿細管壊死を引き起こします。これは急性腎障害の主要な原因の一つです。
近位尿細管性アシドーシス: 糸球体疾患などで腎機能が低下し、近位尿細管での重炭酸イオンの再吸収や水素イオンの分泌が障害されると、血液が酸性に傾く近位尿細管性アシドーシスが発生します。グルコース、アミノ酸、リン酸などの再吸収障害も伴うことがあります。
その他の疾患: 糸球体腎炎、尿細管間質性腎症、糖尿病性腎症など、様々な腎疾患においてPTECsは影響を受けます。例えば、糸球体からのタンパク質（アルブミン尿）、高血糖によるグルコース、あるいは炎症性サイトカインなどがPTECsに直接的な毒性を示したり、機能障害を引き起こしたりします。

PTECs自身も、サイトカインやケモカインを産生して炎症反応や線維化に関与したり、細胞死（壊死やアポトーシス）を起こしたりすることで、腎疾患の進行に関わることが知られています。

近位尿細管の機能障害は、全身の体液バランス、電解質バランス、酸塩基平衡に深刻な影響を与えるため、その機能維持は腎臓の健康にとって極めて重要です。

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