鄭芝龍

鄭芝龍：激動の時代を駆け抜けた貿易商、海賊、そして悲劇の父

鄭芝龍（てい しりゅう、チェン・チーロン、1604年 - 1661年）は、明朝末期に中国南部、日本などで目覚ましい活躍を見せた人物です。彼は単なる貿易商や海賊に留まらず、卓越した語学力、武術の腕前、そして類まれなる統率力を兼ね備えた、時代の寵児でした。

多様な才能と国際的な活躍

福建省南安市に生まれた鄭芝龍は、幼少期からその才能を発揮し、閩南語、南京官話、日本語、オランダ語、スペイン語、ポルトガル語を流暢に操りました。さらに剣術にも長け、スパニッシュ・ギターを演奏するなど、まさに多才な人物でした。

18歳で父を亡くした彼は、マカオで経済学を学び、カトリックの洗礼を受けて「ニコラス」という洗礼名を授かります。当時の西洋文献では「ニコラス・一官（Nicholas Iquan）」と記されています。その後、彼は李旦や顔思斉といった有力な中国系商人の傘下で、東南アジアや日本との朱印船貿易に従事し、平戸に滞在していた時期には、平戸藩士の娘マツと結婚し、後の英雄、鄭成功を授かります。

海賊から武装商団の頭領へ

1624年、鄭芝龍は活動拠点を台湾の笨港（現在の北港付近）に移します。1625年に李旦、または顔思斉が亡くなると、彼はその船団を継承し、千隻もの船を擁する巨大な武装商団を率いることになります。当時、台湾南部にはオランダ人が入植しており、鄭芝龍はオランダとの国際貿易で巨万の富を築きました。彼はオランダ東インド会社との通訳経験から、商船の航路やタイミングを熟知しており、効率的な襲撃を行うことで、17世紀の中国において最も成功した海賊の一人として名を馳せました。

官僚としての道、そして悲劇的な最期

1628年、鄭芝龍は明朝から福建遊撃に任命され、かつての仲間たちを討伐しました。旱魃で苦しむ福建省を救うため、移民を率いて台湾を開拓するなど、官僚としても実績を上げます。1644年には、亡命政権である南明の福王から南安伯に封じられ、福建省の対清軍事責任者となります。しかし、1646年には黄道周との対立から南明政権を離脱し、清朝に降伏します。この時、意見の違いから息子の鄭成功とも袂を分かつこととなります。鄭成功は父の勢力を継承し、台湾を拠点に明の復興運動を繰り広げ、清に抵抗しました。そのため、鄭芝龍は息子を懐柔するよう命じられましたが、失敗に終わります。最終的に、鄭芝龍は謀反の罪を問われ、1661年に北京で処刑されました。

鄭芝龍が残したもの

鄭芝龍は、その波乱に満ちた生涯を通じて、貿易商、海賊、そして官僚として、歴史に大きな足跡を残しました。特に、息子である鄭成功が台湾に拠点を築き、台湾独自の政権である鄭氏政権の祖となり、台湾開発の基礎を築いたことは、今日でも台湾の人々に深く尊敬されています。彼は、単なる海賊や貿易商ではなく、激動の時代を生き抜いた稀代の人物であり、その生涯は、後世に多くの示唆を与えてくれます。

関連書籍

長谷川伸『国姓爺』徳間書店、1989年
陳舜臣『風よ雲よ』中央公論社、1973年
白石一郎『怒濤のごとく』朝日新聞社、1998年

出典

石原道博『国姓爺』吉川弘文館、1986年
林田芳雄『鄭氏台湾史―鄭成功三代の興亡実紀』汲古書院、2004年
奈良修一『鄭成功―南海を支配した一族』山川出版社、2016年

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