野生動物管理

野生動物管理とは

野生動物管理（ワイルドライフマネジメント）とは、人間社会と野生動物との間に生じる摩擦を解消し、両者が共存できる状態を目指すための取り組みです。これは単に動物を保護するだけでなく、生態系全体を考慮し、持続可能な共存を目指す応用的な生物学の研究分野です。

概要

野生動物は、適切な管理を行うことで再生可能な資源となります。この管理は、単に絶滅を防ぐだけでなく、農作物への被害や外来種問題など、人間と野生動物の間で発生する問題を調整することも含みます。そのため、野生動物の生態や行動を研究する自然科学だけでなく、政策や環境教育といった社会科学的な視点も必要となります。

野生動物管理の専門家はワイルドライフマネージャーと呼ばれますが、実際には研究者、公務員、民間企業、獣医師、狩猟者など、様々な立場の人が関わっています。

定義

「管理」という言葉は、一般的に支配や統制を意味することが多いですが、野生動物管理においては、より柔軟な「巧みに対処する」「上手に付き合う」という意味合いを持ちます。野生動物管理は、「保全」「保護」「保存」といった類似の概念と混同されがちです。保全は持続的な利用を前提とするのに対し、保護や保存は利用自体を前提としません。現代の野生動物管理は、原生自然に生息する野生動物は保護し、バランスが崩れた野生動物は保全し、破壊された野生動物は復元・再生するというように、生態系全体を考慮した複合的なアプローチとなっています。

また、野生動物管理は「人間と野生動物、生息地の相互関係に意図的に影響を与え、利害関係者にとって価値のある効果を達成するための意思決定プロセスと実践のガイドライン」と定義されることもあります。

日本では、wildlife managementを「野生動物保護管理」と訳すことがあり、行政用語でよく用いられます。これは、「管理」という言葉が持つ支配的な印象を避け、「保護」の概念を含めるためです。しかし、こうした翻訳の難しさが、野生動物管理の正しい理解を妨げている側面もあります。野生動物管理という言葉は、2000年代に入っても、一般には十分に認知されているとは言えない状況です。

歴史

乱獲と絶滅

人類は長い歴史の中で、常に自然資源を利用してきました。特に17世紀から20世紀前半にかけては、経済発展を優先するあまり、乱獲や乱開発が横行しました。その結果、多くの野生動物が絶滅の危機に瀕し、ドードーやオーロックス、ステラーカイギュウ、クアッガ、リョコウバト、ニホンオオカミなどが絶滅しました。

狩猟管理学の誕生

20世紀に入り、野生動物の絶滅が深刻な問題となると、資源を維持しようとする考え方が生まれました。アメリカのギフォード・ピンショーは「保全（conservation）」という概念を提唱し、セオドア・ルーズベルト大統領は持続的な資源利用を推進しました。そして、アルド・レオポルドは1933年に『Game Management』を著し、狩猟動物の管理を体系化しました。彼は、猟期や猟区の設定、禁猟などの施策を導入し、生態学の概念を応用した新たな科学分野を創設しました。

レオポルドの提唱した「管理」は当初狩猟動物を対象としていましたが、その後、全ての野生動物に適用されるようになりました。

主義・思想の激動期

1930年代から数十年、野生動物は乱獲されたり、逆に手厚く保護されたりと、その扱いは大きく変動しました。「保全」と「保護」の対立も表面化しました。ジョン・ミューアは精神主義に基づき野生動物の「保存」を主張し、「保護」が感情論に偏ることもありました。1948年には、国際自然保護連合がIUPNからIUCNへと改称し、持続可能な利用を重視する姿勢を明確にしました。

しかし、野生動物管理は必ずしも成功していたわけではありません。狩猟動物のみを対象とした管理が行き過ぎ、シカ類が爆発的に増加し、バイソンやオオカミが絶滅の危機に瀕しました。レオポルド自身も、晩年に「野生動物の数を人間が管理できるという考えは傲慢だった」と述べ、野生動物管理の失敗を認めました。しかし、彼は倫理観を伴った新たな管理を提唱し、それが後の環境倫理学へと発展しました。

1970年代にはディープエコロジーが提唱され、人間中心的な管理が批判されました。また、動物の権利を主張する人々が現れ、野生動物管理への反対運動が激化しました。

野生動物管理の新たな局面

欧米で発展した野生動物管理は、アジアやアフリカにも拡大しました。20世紀後半から21世紀にかけて、野生動物管理の対象は狩猟動物だけでなく、多様な野生動物種に広がりました。また、その目的も保全や保護を含む複合的なものとなりました。

野生動物は、絶滅の危機に瀕する被害者であると同時に、農林業被害や人身被害を引き起こす加害者としての側面も持つことが認識されるようになりました。外来種問題も、野生動物管理の複雑さを増大させています。近年では、単一の種だけでなく、生態系全体を考慮した管理の重要性が認識されています。また、都市部など、従来は野生動物の生息地としてみなされてこなかった場所も、管理の対象となっています。

さらに、管理の対象は野生動物や自然環境だけでなく、人間の行動や価値観にも向けられるようになりました。近年では、生物関連科学の進歩も野生動物管理の発展に大きく貢献しています。そして、科学的な知識や技術を基にした、目標設定、計画策定、モニタリング、フィードバックを行う順応的管理が重要視されるようになりました。

日本

日本では、明治時代に狩猟が一般化し、野生動物が激減しました。1970年代から1980年代にかけて、学会で野生動物管理の必要性が提唱されましたが、研究者の間でも「保護」か「管理」かで論争がありました。1990年代に入り、ニホンジカやイノシシによる農林業被害が深刻化したため、科学的な保護管理へと方針が転換しました。1999年には『鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律』が改正され、特定鳥獣保護管理計画が創設されました。2014年には同法がさらに改正され、より「管理」の視点が強まり、法律名も『鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律』となりました。また、従来の狩猟者に代わる、新たな専門家の育成が求められています。

手法と技術

野生動物管理には、様々な手法や技術が用いられます。

個体数推定

個体数推定（センサス）は、野生動物管理の基本です。追い出しカウント、ライントランセクト、標識再捕獲法など、様々な手法がありますが、正確な個体数を把握することは非常に困難です。そのため、絶対的な数値ではなく、相対的な数値を用いて、統計的な手法で不確実性を考慮します。個体数と繁殖率、死亡率を組み合わせ、絶滅せずに存続できる最小個体数や、駆除できる個体数を指標として設定します。

捕獲

野生動物の捕獲は、個体識別や計測、駆除などの目的で行われます。括り罠、箱罠、囲い罠、ネットガン、ドロップネット、かすみ網、麻酔銃など、様々な捕獲方法があり、対象となる生物種によって使い分けられます。

テレメトリー

野生動物の移動や行動圏を調査するには、VHF発信器やGPS発信器を装着するラジオテレメトリー技術が主に用いられます。その他、標識、カメラトラップ、痕跡調査などの方法があります。分布や生息地の空間解析には、GISやリモートセンシングといった測量技術が利用されます。また、DNA抽出法やPCR法を用いると、より詳細な個体解析が可能になります。

動物福祉

野生動物の捕獲や殺処分においては、動物福祉に配慮し、できる限り苦痛を軽減することが重要です。安楽死には、銃、電気ショック、二酸化炭素ガス、麻酔薬の注射などの方法が用いられます。

狩猟

狩猟は、趣味やレクリエーションとしてだけでなく、野生動物管理において重要な役割を担います。適切な狩猟は、野生動物の個体数を調整し、生態系のバランスを保つことができます。狩猟は法律や条例で厳しく管理されており、ハンターが野生動物管理の人材として登用されることもあります。

管理対象となる野生動物

野生動物管理の対象となるのは、野生状態で生息する哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類です。対象となる動物は、絶滅の危機に瀕する希少種、人為的に導入された外来種、個体数が増加している普通種に分けられます。

シカ類

シカ類は、乱獲によって激減しましたが、保護措置や環境変化によって個体数が爆発的に増加し、世界中で問題となっています。ヨーロッパでは、シカを管理するための組織や体制が試行錯誤されています。北海道の道東地域エゾシカ保護管理計画は、アジアにおける初の科学的な野生動物管理事例として知られています。

水産資源

水産資源の持続可能な利用は、野生動物管理において重要な概念です。国連海洋法条約では、漁獲可能量が定められるなど、海洋の野生動物を国際的に管理する取り組みが広く行われています。しかし、一部の魚種では乱獲や密漁が繰り返され、個体数が減少しています。クジラ類は20世紀に乱獲されましたが、商業捕鯨モラトリアム以降、科学的な管理が実施されています。しかし、クジラやイルカの利用と保護を巡っては、現在も論争が続いています。

まとめ

野生動物管理は、人間と野生動物が共存するための複雑かつ重要な取り組みです。その対象は多岐にわたり、時代とともに変化しています。科学的な知見に基づき、倫理観を伴った管理が求められています。

もう一度検索