野田醤油労働争議

野田醤油労働争議：激動の時代を映す労働運動の縮図

野田醤油労働争議は、大正から昭和初期にかけて、千葉県野田町（現・野田市）の野田醤油株式会社（現・キッコーマン）で発生した、一連の大規模な労働争議です。この争議は、単なる賃金や労働条件の問題にとどまらず、当時の社会構造や労働運動のあり方を映し出す鏡となりました。

争議の発端：樽職人の反乱

1922年、野田醤油社内で組織された「野田醤油労働組合」は、日本労働総同盟関東醸造労働組合野田支部となりました。この年の夏、製品を詰める樽の加工に従事する樽職人約170人が、樽棟梁によるピンハネ（中間搾取）の撤廃を求めストライキに突入します。当初は樽職人の問題でしたが、争点はすぐに拡大し、賃金体系、福利厚生、待遇改善など、会社全体の労働環境に対する不満が噴出しました。

全従業員ストライキへ

1923年3月には、ついに全従業員約1,400名が参加する大規模ストライキへと発展しました。この事態を重く見た内務省は、千葉県に緊急訓令を発令。県知事らの調停により、悪しき慣習であった「蛸部屋制度」の廃止などで労使は一旦和解しました。同年4月には、労使共同で円満手打ち式が行われ、争議は終結したかに見えました。

再び燃え上がる争議

しかし、1927年4月、争議は再び勃発します。野田醤油と専属契約を結んでいた運送業者「丸三運送店」の従業員が、総同盟野田支部の組合員であったことから、会社側は労使関係のない「丸本運送店」に貨物輸送の一部を移譲しました。これに対し、総同盟支部は組合破壊の陰謀であるとして、団体協約権の承認と賃上げを求め、9月16日、無期限ストライキに突入しました。

泥沼化する争議

経営者側は全従業員の解雇をちらつかせ、右翼団体の助力を得て組合に対抗。一方、組合側は国会への直接請願や、全国的な不買運動を展開しました。事態は深刻化し、全国各地の労働組合が同情ストを行うなど、争議は泥沼化しました。

全国的な注目を集める

この争議は、一地方の騒動にとどまらず、全国的な注目を集めることになります。社会運動家や労働問題の専門家が現地入りし、組合員を激励・指導。大原社会問題研究所も調査に乗り出し、スイス・ジュネーブの国際連盟国際労働機関にまで情報が伝わるなど、国際的な関心も集めました。

この間、警察記録に残るだけでも、300件以上の暴行・傷害・脅迫事件が発生。野田醤油の出荷は滞り、同業他社である銚子醤油が特需で出荷を伸ばすという事態も発生しました。

天皇直訴事件と終結

1928年3月20日、野田争議団副団長による天皇直訴事件が発生。この出来事をきっかけに、労使双方とも事態の収拾を急ぎ、同年4月20日、「野田醤油問題解決協定」が締結され、ストライキ開始から216日目にして、ついに争議は終結しました。

争議が残した爪痕

この争議は、多くの文学作品にも影響を与えました。黒島伝治と鶴田知也によるルポルタージュ「野田争議の実状」や、黒島自身の「野田争議敗戦まで」、西沢隆二の短編「野田へ行く」などがその例です。また、野田醤油の従業員だった俳人、佐藤雀仙人もこの争議に参加し、解雇されています。当時の日本では、労働法はまだ議論の初期段階であり、この争議は、労働者の権利や労働運動のあり方について、社会全体に大きな問いを投げかけました。

野田醤油労働争議は、激動の時代における労働運動の縮図であり、現代においても、労働者の権利や社会正義について考える上で、重要な教訓を与えてくれる出来事と言えるでしょう。

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