金鯱の歌

「金鯱の歌」（きんこのうた）は、戦前期の日本職業野球連盟に加盟していたプロ野球チーム、名古屋金鯱軍の公式ソングとして制定された球団歌です。作詞は岡田源三郎、作曲は杉山長谷夫が担当しました。

この歌は、戦前の中京地方で新愛知新聞社と並び称された名古屋新聞社が、1936年（昭和11年）2月に立ち上げた金鯱軍のために作られました。当時、読売新聞社の正力松太郎は、プロ野球への参入を新聞各社に働きかけており、名古屋においては新愛知と名古屋新聞の両社がその対象となりました。新愛知が先行して名古屋軍（現在の中日ドラゴンズの前身の一つ）を結成した後、名古屋新聞が金鯱軍を設立したという経緯があります。

しかし、「金鯱の歌」がいつどのように作られ、発表されたのかを示す当時の資料はほとんど残っておらず、その詳細は明らかになっていません。

興味深い点として、作詞を手掛けた岡田源三郎氏は、金鯱軍の創設時から1939年シーズン終了まで総監督を務めた人物でした。プロ野球の球団歌において、専業の作詞家ではなく、また広く一般から歌詞を公募する形式でもなく、球団内部の関係者、それもチームの最高責任者であった人物が作詞を担当したのは、極めて珍しい事例と言えます。

歌詞は全3番から成り、球団名の由来ともなった名古屋城のシンボル、金鯱からインスピレーションを得て、「光」という言葉が多く用いられているのが特徴です。作曲を担当した杉山長谷夫氏は、球団の本拠地である名古屋市の出身でした。

この歌の歌詞全文は、1940年（昭和15年）に開催された満洲リーグ戦に合わせて大連市で発行された選手名鑑『職業野球早わかり』に掲載されていることが確認されています。しかし、当時の楽譜は現在に至るまで所在不明であり、またSP盤レコードとして製造された記録も確認されていません。

金鯱軍は、親会社である名古屋新聞が新聞統制により、競合紙であり名古屋軍を擁する新愛知との合併（後の 中部日本新聞の発足に繋がる動き）が見込まれたことを受け、チームの存続が難しくなりました。そして、1941年（昭和16年）2月には、東京セネタースから改称した翼軍と合併し、「大洋軍」となりました。その後、大洋軍は福岡の西日本鉄道に売却され「西鉄軍」と名前を変えましたが、戦況の悪化などの影響もあり、1943年（昭和18年）末をもって解散し、球団としての歴史に幕を閉じました。

「金鯱の歌」は、このように短命に終わった球団の歴史と共に、楽譜や音源が残らないまま、幻の球団歌として歴史の中に埋もれていったと考えられています。限られた資料からその存在が確認できるのみですが、戦前期のプロ野球、そして名古屋の歴史を物語る貴重な一面を今に伝えています。

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