釜山橋頭堡の戦い

釜山橋頭堡の戦いは、朝鮮戦争中の1950年 8月から9月にかけて、釜山周辺で繰り広げられた、国連軍と北朝鮮軍による激しい戦闘です。この戦いは、国連軍が北朝鮮軍の侵攻を食い止め、後の反撃に転じるための重要な足がかりとなりました。

戦闘の背景

1950年 6月25日、北朝鮮軍による奇襲攻撃により朝鮮戦争が開戦しました。開戦当初、北朝鮮軍は破竹の勢いで南下し、朝鮮半島の大部分を制圧しました。国連軍は、アメリカ軍を主力として投入されましたが、緒戦では大きな損害を被り、後退を余儀なくされました。

大田の戦いと国連軍の苦境

特に、ソウルと釜山の中間点に位置する大田（テジョン）での戦いでは、アメリカ軍第24歩兵師団が壊滅的な打撃を受け、師団長が捕虜となる大敗を喫しました。大田は、京釜本道や京釜線が通る交通の要衝であり、韓国政府の臨時首都でもありました。この敗北により、国連軍はさらに南へと後退を余儀なくされ、釜山周辺に追い詰められることとなりました。

北部の防御戦闘

アメリカ軍は、第1騎兵師団を浦項（ポハン）に上陸させ、永同（ヨンドン）、尚州（サンジュ）方面を防衛させるべく展開しましたが、大田の陥落により、各部隊は個別の防御戦闘を強いられました。第1騎兵師団は、戦力が整わず苦戦し、第25歩兵師団は尚州正面で効果的な遅滞戦闘を行いました。韓国軍は、洛東江北岸の安東（アンドン）地区を防衛しましたが、北朝鮮軍の攻勢により撤退を余儀なくされました。

西側面の防御戦闘

7月20日から7月23日にかけて、アメリカ軍は空中偵察により、群山（クンサン）から全州（チョンジュ）に東進する北朝鮮軍第4師団を発見しました。この大部隊を放置すれば、兵力の少ない西側面から釜山が危険に晒されると判断した第8軍司令官ウォルトン・ウォーカー中将は、第24歩兵師団を西側面に移動させました。また、在沖縄アメリカ軍も訓練を行う間もなく朝鮮半島に急送され、西側面に投入されました。

河東峠の戦いと安義の戦い

河東峠の戦い

アメリカ軍第29連隊は、訓練不足のまま実戦に投入され、河東（ハドン）を攻撃する命令を受けました。しかし、北朝鮮軍の待ち伏せ攻撃により、大隊は壊滅的な打撃を受け、蔡秉徳少将を含む多数の将校が戦死しました。この敗戦は、国連軍の初期における苦戦を象徴する出来事となりました。

安義の戦い

一方、第29連隊第1大隊は安義（アンウィ）で市街戦を強いられ、壊乱しました。これにより、第29連隊は解体され、兵員は第19連隊に吸収されました。

居昌の戦いと晋州の陥落

居昌の戦い

7月28日、第34連隊は居昌（コチャン）に接近する北朝鮮軍を迎え撃ちましたが、装備不足と情報不足から包囲攻撃を受け、居昌を失いました。この敗北は、釜山を守る西側面に大きな穴を開けることとなり、国連軍は全予備兵力を投入することを余儀なくされました。

晋州の陥落

第19連隊は、晋州（チンジュ）で北朝鮮軍の攻撃を受け、市街地を失いました。アメリカ軍が配備したM26パーシング戦車も、機関の不調から遺棄され、国連軍の苦戦が続きました。

馬山の防御と釜山円陣

馬山の防御

釜山西方45キロメートルの馬山（マサン）の防御は急務となり、第8軍は第27連隊を投入しました。また、第25歩兵師団や第5連隊戦闘団も馬山に到着し、防御体制を固めました。

釜山円陣

7月31日、晋州の陥落により、ウォーカー中将は、西南部戦線での防御を断念し、全軍を洛東江（ナクトンガン）東岸に後退させる決断をしました。これにより、国連軍は釜山を中心とした円陣を構築し、北朝鮮軍の侵攻を食い止めるべく態勢を整えました。この決断は、後に「朝鮮戦争で一番重要な判断と決心」と評されることとなりました。

洛東江防御線は、洛東江を障害として利用し、釜山とその周辺を守るために構築されました。大邱（テグ）と馬山を内包し、交通網を利用して兵力を機動的に移動させることが可能でした。また、浦項（ポハン）と延日（ヨンイル）飛行場を内包しており、航空支援にも有利でした。ウォーカー中将は、防御陣地の構築にあたり、薄い前哨地帯を築き、後方に強力な予備の機動部隊を配置するなどの基準を設けました。また、自らジープを駆り、前線を巡視して状況把握に努めました。

補給と北朝鮮軍の状況

国連軍の補給

国連軍は、制空権・制海権を確保し、膨大な補給品を釜山に輸送しました。7月中には31万容積トンもの物資が揚陸され、連日多数の貨物船が釜山に入港しました。しかし、弾薬不足は深刻で、1日の使用量が制限される状況もありました。

北朝鮮軍の状況

北朝鮮軍は、1ヶ月余りの攻勢で大きな損害を被っていました。戦車や兵士の損害が甚大で、戦力は低下していました。しかし、占領地で強制徴募を行い、兵力を増強しました。また、補給路への攻撃をかわし、人海戦術により最低限の補給を維持しました。しかし、食糧不足により兵士の体力は低下していました。

ゲリラ活動と難民

釜山橋頭堡では、ゲリラ活動が活発化し、通信施設の破壊や補給路への襲撃が行われました。また、多数の難民が押し寄せ、治安維持が困難な状況でした。アメリカ軍は、ゲリラへの対策に苦慮しましたが、韓国軍の協力により一部の成果を上げました。

8月の攻防戦

北朝鮮軍の8月攻勢

8月5日から8月24日にかけて、北朝鮮軍は釜山橋頭堡へ各所で攻勢に出ました。8月15日の解放記念日までの釜山陥落を目指しましたが、国連軍の強力な海空支援により、その目標は達成できませんでした。

キーン作戦

8月7日、国連軍は最初の反撃作戦としてキーン作戦を実施しましたが、北朝鮮軍の抵抗により、主補給路が遮断されるなどの混戦となりました。戦線は混乱し、双方が損害を出し、作戦は失敗に終わりました。

霊山の戦い

8月6日、北朝鮮軍第4師団は洛東江突出部（霊山）へ渡河攻撃を開始し、橋頭堡を確保しました。しかし、アメリカ軍の反撃により、8月18日には駆逐され、北朝鮮軍は大きな損害を受けました。

錦舞峰の戦い

8月9日、北朝鮮軍は倭館（ウェグァン）南方で渡河に成功し、錦舞峰（クムムボン）に進出しましたが、アメリカ軍の砲撃と突撃により撃退され、大邱への危機は排除されました。

竜浦の戦い

8月12日、北朝鮮軍は竜浦（ヨンポ）橋付近で渡河を開始しましたが、アメリカ軍の航空攻撃と弾幕により失敗しました。

杞渓・安康・浦項の戦い

韓国軍が守る東北部戦線では、北朝鮮軍第12師団が侵入し、戦線に大きな穴を開けました。延日（ヨンイル）飛行場が危機に晒されましたが、アメリカ軍の支援により、浦項（ポハン）は奪回され、戦線は整理されました。

長沙洞の海上撤退

韓国軍第3師団は、盈徳（ヨンドク）南方で包囲され、長沙洞（チャンサドン）から海上撤退を余儀なくされました。

ボウリング場の戦い（多富洞の戦い）

8月中旬から、多富洞（タブドン）周辺で激しい戦闘が繰り広げられました。韓国軍第1師団は、北朝鮮軍数個師団の攻撃に苦戦しましたが、アメリカ軍第27連隊の増援により、戦線を維持しました。狭い谷間での戦車戦は「ボウリング場」と呼ばれました。米韓連合の作戦として、アメリカ軍連隊が韓国軍師団に配属される形で展開しました。

303高地の虐殺

倭館（ウェグァン）北側の303高地（チャクオサン）では、アメリカ軍捕虜が北朝鮮軍により虐殺される事件が発生しました。

9月の攻防戦

北朝鮮軍の9月攻勢

北朝鮮軍は8月末から9月中旬まで攻勢に出ましたが、国連軍の反撃により、次第に攻撃力を失っていきました。国連軍は、アメリカ軍の増援や韓国軍の再編により、戦力を回復しつつありました。

北朝鮮第1軍団と第2軍団の攻撃

北朝鮮第1軍団は、霊山（ヨンサン）や馬山（マサン）方面で攻撃を開始しましたが、国連軍の反撃により撃退されました。一方、北朝鮮第2軍団は、多富洞（タブドン）方面で攻撃を開始し、一時的に戦線が混乱しましたが、国連軍は増援部隊の投入により、戦線を維持しました。

永川の戦い

北朝鮮軍第15師団は、永川（ヨンチョン）を占領しましたが、韓国軍とアメリカ軍の反撃により奪回されました。この戦いは、補給路を維持する上で重要な戦いでした。

南侵限界

9月攻勢により、国連軍は一時撤退を検討するほど危機的な状況に陥りました。しかし、ウォーカー中将は指揮を続行し、アメリカ軍の増援、艦隊による砲撃、空軍による支援を受け、北朝鮮軍の攻勢を撃退しました。

長沙洞の奇襲上陸

韓国軍は、長沙洞（チャンサドン）に密陽大隊を上陸させ、北朝鮮軍の後方を撹乱しようとしましたが、失敗に終わりました。

スレッジハンマー作戦

9月15日、仁川上陸作戦の成功を確認したウォーカー中将は、第8軍に「スレッジハンマー作戦」を発動させました。この作戦により、国連軍は各地で北朝鮮軍を撃破し、反撃に転じました。

北朝鮮軍の行動と総括

北朝鮮軍の後退

仁川上陸作戦と洛東江戦線での敗北により、北朝鮮軍は総崩れとなり、後退を余儀なくされました。兵站が続かず、多くの兵士が投降しました。北朝鮮軍は、ソウルを放棄し、38度線以北へと撤退しました。

国連軍の反撃と戦いの総括

国連軍は、戦力の逐次投入による受け身の遅滞行動ではなく、釜山橋頭堡へと後退することで戦線を構築し、敵攻勢正面に対する機動反撃の反復を行い、北朝鮮軍の攻撃に耐えました。戦術航空統制班の効果的な運用により、航空支援を最大限に活用しました。

結論

釜山橋頭堡の戦いは、朝鮮戦争における重要な転換点となりました。国連軍は、この戦いで北朝鮮軍の侵攻を食い止め、その後の反撃へと繋げました。また、アメリカ軍の戦術や補給能力の高さを証明する戦いにもなりました。この戦いの勝利は、その後の朝鮮戦争の展開に大きな影響を与えることになりました。

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